第3話:3冊の本
朝寝室にて悶え死んでいた俺を発見したメイドさんは、大慌てでメイド長を呼んできた。
そんなに心配してくれるのはありがたいが、別に体調が悪いわけでもないし
昨日の元凶が自分である以上素直に喜べなかった。
一悶着あったものの、無事起床できた(?)俺は今朝食を食べている。
ここの家では暮らす者が同じ時間に食堂にやってくるらしい。
今食事をしているのはエルディスとセーヌ、俺だけだ。
ちなみにセーヌの両親だが、父親は王都へ国王に謁見。母親は里帰りで不在らしい。
要は今この屋敷に暮らしているのは3人だけだという。
こんなに屋敷広いのに勿体ないと思ったのは貧乏性が出ただけだろうか。
のんびりと朝ごはんにでてきたパン(みたいなもの)を食べていると、
さっそくエルディスは昨日のことに触れてきた。
「食事中悪いんだが、レイ。
昨日の夕食後に起こった事故、改め事件について話を聞かせてもらおうか。」
向かいに座っているセーヌが思わず咽る。
「事件、っていうか事故ですよあれは。」
「ほう...?」
この言葉にエルディスの目が光ったような気がする。
「あ、あれは丁度──」
俺はあくまでも自分の無罪性を説明した。
「という感じで出ようとしたら、セーヌ様がいきなり入ってきまして...」
その言葉にセーヌが顔を赤くして俯く。
昨日のことを思い出しているのだろうか。
それと同時にエルディスの眉間に皺が寄せられてくる。
(あ、完全に怒ってますやん.....)
「お前は、妹がそんな不埒な行いを意図的にやったと言いたいのか...?」
ゴゴゴゴゴゴ── なんて効果音が似合いそうな雰囲気してるよこの人...
「いや、そういうわけでは、、」
俺は弁明する。必死に。自分ではないと。ガチ焦りで。
するとガチギレ兄貴はゆっくりと立ち上がるではないか...
腰に下げてある剣の柄を握りながら。
「今からお前に対し、直々に天罰を下してやろうではないか。」
「え、」
うそーん。ガチギレやないか──
「に、兄様?!」
今まで無言を貫いていたセーヌもこのリアクションである。
なんていう一幕もあり、朝から散々なスタートだった。
──数時間後──
俺はこの世界の本を読んでいる。昨日寝泊まりしていた部屋にあったものだ。
読んだのは今見ているのを含め3冊。
1冊目はこの世界の歴史書。
その本によると、
今よりも数百年前の頃に人と魔族の争いが熾烈を極めていた時代。
3人の英雄がいたらしく、活躍していた時代は違えどその3人のお陰で
魔族からの攻撃を耐えきり、戦争を勝利へ導いたらしい。
その彼らの名前は
「『黒焉の賢者』オルフェン・ノクス」
「『双星剣姫』アリア・フェンリス 」
「『不滅の龍槍』ガイゼル・ローエンハルト」
の三人。今となってはもう全員亡くなっているとされているが、
未だにこの三英雄には謎が多い。この歴史書にも数ページしか載っていなかった。
その他にはこの世界の様々な国の簡単な歴史が記されてあった。が、特に注目するものは
無かったので語るのはまた今度にしようと思う。
2冊目はこの世界の算術や文学系の所謂勉学系の本だ。
見たところ、この世界の数学はそこまで発展していないらしい。
頑張って中学数学レベルだろう。やろうと思えば、この世界でピタゴラスになれそうだ。
生憎、俺は数学が苦手なのでなれないしなる気もないが。
3冊目、今読んでいる本は魔法書。そう、あの魔法書だ。
この本には魔法の定義や呪文、魔法陣までご丁寧に記載してあった。
無意識にゴクッ...と唾を飲み込む。
この文を読んでみたい。
魔法を使ってみたい。
今とてもじゃないくらいの知的好奇心に襲われている。
確かに俺は元ラノベ作家で、そーゆー話を書いてきたからだというのもある。
だがしかし、元は俺もラノベに魅せられた一人なのだ。
そんなものが今目の前にあるなんて、読む以外選択肢はないだろう。
「えっとー、ここの中で一番マシそうなやつは....」
ページをペラペラめくり、まだ比較的安全な魔法を探す。
その中で俺はある一つの魔法を見つけた。
「【転変星月】かな、?」
発音が難しいが、多分あっているだろう。
この魔法は本によると、次の月が満月の日を調べるための魔法らしい。
やはり時計などが無いから、月の満ち欠けで日を数えるんだな。
俺はベッドから降りて片手で魔法書を持ち、
魔法を唱え始める。
[闇夜を照らす一筋の輝きを司りし、月の神:セレーネー。
その月光の力を、我が身に宿せたまえ!]
「【転変星月】!」
バリ───ン!!!!!!
魔法を放った瞬間、目の前で何かが割れる音がした。
「あ、あれ...?」
いきなりの爆音に目を瞑っていたが、何も起きない。
本来なら目の前に数字が出てくるらしいんだけど....
しばらく待ってみても何も起きない。
もしかして失敗....?
嘘でしょ?人生初の魔法が失敗に終わるなんて....
まさかのショックで膝から崩れ落ちる。
もう一度魔法書を確認するも、多分詠唱は間違っていなかった。はず。
俺にセンスが無かったのだろうか。
とは言っても、一回目が失敗しただけだ。
何回かやってれば成功するに違いない。そうだ。そう思いたい。
俺は何とかショックから立ち直り、
読んでいた本たちを纏めて本棚に直そうとした。
だがしかし、それでは終わらなかった。
本棚に本を入れようとした瞬間、それとほぼ同時のタイミングで
左肩に急激な痛みを感じ始めたのだ。
「うっ・・・」
あまりの痛さにその場に倒れこむ。
ドタドタドタ...!!
倒れた拍子に本棚にぶつかったのか、
上から何冊もの本が落下してくる。
ヤバい痛い。
痛すぎる。
こんな痛み味わったこと無いくらいだぞこれ。
意識が朦朧とする中、こっちの世界に来た時に
セーヌが言っていたことを思い出した。
「魔族語自体に魔神:アビスフェルの呪いがかかっていて
適性のない人や子供が唱えると、その体に不幸が舞い降り最悪死んでしまうという強力なものだ」と。
(その呪いか......!)
未だに痛みが引く気配はなく、
何なら強くなっていると言っても過言ではない。
あー、ダメだ。
目 の前が何 も 見えない。
俺、まだ何もし ていな いのに....
そして俺の意識は完全に途切れた。
───セーヌSIDE───
私は今、レイが泊っている部屋に向かっていた。
勿論昨日のことを謝るためだ。
昨日の事故はメイド達の連絡ミスによるものだったらしい。
人間誰にでもミスはあることだし、今回は水に流すことにした。
そのミスをしたメイドも謝ってくれたことだしね。
(確かにれ、レイに裸を見られたのは恥ずかしかったけど...!!)
自然に自分の顔が赤くなっていることが分かる。
朝食のときは気まずくて声をかけられなかったし、
兄様が暴走しちゃったから話がちゃんとできなかった。
(流石に兄様が剣を抜いたときは焦ったけど...)
あれだけ怒る兄様の気持ちもなんとなく分かる。
事故とはいえ、妹である私の為を思ってのことなのだ。
だからこそレイにちゃんと謝らなくては。
廊下の角を曲がり、奥の正面にある部屋を目指す。
すると、いきなり奥から
ドタドタドタ...!!
という物音が聞こえた。
「キャッ!」
何とも見苦しい悲鳴が自分の口から出る。
恥ずかしい....
って、そんなことはどうでも良い。
音が聞こえたのはレイの部屋からだ。
私は急いで部屋の前まで走り、
ドアをノックする。
「レイ、私よ。セーヌよ!今時間大丈夫かしら?」
──────
ドア越しに呼びかけるも反応はない。
(おかしいわね、レイは今この部屋にいるって確認したのに。)
もしかしたら物音は勘違いで、レイは寝ているのかもしれない。
念のための確認でもう一度ノックする。
「レイ、起きてる?もし起きてるなら返事してー!」
──────
やはり反応はなかった。
もしかして本当に寝ているのだろうか。
なら時間をおいて出直すべき、?
私は自室に戻ろうと後ろを向いたときにそれは微かに聞こえた。
「うっ・・・」という唸り声が。
「レイ?!」
私は勢いよくドアを開ける。
するとそこにいたのは、本棚の前で倒れていたレイだった。
「レイ、大丈夫?!返事して!」
彼の体を少し起こして、声をかけるも応答はない。
(ど、どうしよう...レイが死んじゃう!!)
私は焦りに焦った声で叫ぶ。
「だ、誰かいないの?! お願い急いできて!!!」
その声に反応したメイドがこちらに走ってくる。
「どうかなされました、か...」
メイドはレイの姿を見て悲惨な顔になる。
「れ、レイが倒れていたの!誰か助けを呼んできて!」
私の言葉に強く頷いた彼女は急いで部屋を飛び出していった。
彼女が人を呼んできている間に、私はレイの近くに散乱している
本を手の届く範囲でどかし始めた。そうしているうちに
私は彼の体にある異変が起こっていることに気が付いた。
その異変とは紅く光った左肩の紋章だった。