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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

これは運命じゃなくて愛だと知る

作者: 綴織

この世界には男性・女性の性別にくわえて、バースと呼ばれる第二の性がある。

α、β、Ωと三つに分けられ、とりわけΩ性は個体数が少ない。その次に多いのがα性。そしてβ性は全体の8割を占めている。

少し前まではバースは発症するまで分からないと言われていたが今は検査機関が設けられ、誰もが十五歳になる年には自分の第二の性を知ることができるようになった。

α性は能力が高く、β性は人並みと言われている。Ω性は劣等と呼ばれる特異な体質があり厄介者にされがちではあるが、子供が出来にくいα性の子を確実に宿すことができため、その伴侶として人気が高かった。

良い意味でも悪い意味でもより良い相手に巡り会いたい、より良い子孫を残したいと考える人間は第二の性を重要視するようになった。



「サクはいつも良い匂いがするな」

「…お前からも良い匂いがするぞ」


いつものように互いに抱き合って匂いを嗅ぐ。アオの匂いは常にほのかに甘く、心地が良かった。


「そうなのか? …俺は分からないな?」

「俺も自分の匂いは分からない」

「どうしてだろう?」


それは小学校の低学年。バースの意味も分からない歳のことだ。

アオと俺は家が隣同士で親同士も仲が良かった。

だから自然と一緒にいることが当たり前で、遊ぶときも、学校に行くときも、年中行事ですら傍に居た。

良い匂いがするからとお互い無邪気にくっつくことも自然で、親からは「二人とも本当に仲が良いんだから」と呆れられるほどだ。

しかし匂いに関して親達は気付いていない。

傍に居るだけで心地良い匂い。なのに誰も気付かない。

それは俺とアオにしか分からないようでとても不思議だった。


成長しても変わらずアオからは俺にしか分からない心地良い匂いがずっとしていた。

むしろ成長するほどにその匂いは強くなっている。

高校生になり、第二の性についての勉強が進んだ今ならその意味がよく分かった。

これは特別な匂いなのだと。

十数億と言われる世界人口の中でα性とΩ性が運命のように強く惹かれあう場合があるという。それは互いにしか分からない匂い。つまりフェロモンを感じるというのだ。俺とアオがきっとそうなのだろう。


俺の考えが確信に変わったのは中学へ入学してからだ。

入学初日に行われたバース検査。そこで判明したのは俺がα性でアオがΩ性ということ。

バースが判明する前からアオの匂いを感じていた意味。まだ実感はないがおそらく俺達は「運命の番」というものなのだろう。

大事にしなければ。

その時からアオを今まで以上に大切に守るという使命感が俺の中に生まれた。

世間ではΩの扱われ方は良いとは言えない。Ωは劣る性とも呼ばれ、学生でも社会人でもどんなに抜き出た能力があろうとも社会という枠から冷遇される。端的に言えば周りからいじめられるのだ。

だから俺はアオを守るようにいつも傍に居た。

この世界ではαの神経を逆撫でする行為は自滅と同義という暗黙の了解がある。

つまりαの傍に居るΩに無遠慮に手を出すことは死と何ら変わりない。だから誰もアオに手を出すことはなかった。中学を卒業し、高校も同じ場所に進学した俺はこの調子でアオを守っていけば良い。

そう思っていた。

だからこんなことになるとは考えてもいなかったのだ。



***


「…サ、…サク…」

「おい! アオ、しっかりしろ!」


それは突然のことだった。高校生活も残り一年となったある初冬の日。

その日、日直だった俺達は全員が帰った後、日誌を書き終え先生へ渡して帰る準備をしていた。

今朝から少し熱っぽいアオの体調を気にしていたが昼を過ぎた頃には元に戻っていてほっとした。

どこに寄り道して帰ろうかと他愛ない会話をしながら教室を出ようとした時、アオの身体が不自然に傾いてその場に座り込んだ。

どうしたのかと覗き込めば赤く上気した頬が見え、潤んだ瞳と目が合った。

その瞬間、俺の身体を焼くように強い電流が走った。

床の上に座り込んだアオはそのまま力なく倒れ込み、その身体からは放課後の教室を埋め尽くす甘いフェロモンが放たれはじめた。これは…フェロモンの暴走。

バース検査を行ってから初めてのことだ。

アオの成長は他のΩより遅かった。まだ発情期を迎えていないのだ。

きっと時間が掛かるのだろう。だからもう少し先だと思っていた。油断した。


教科書で読んだ現象を思い出しながら理性を溶かすような甘い匂いに自分の中のαの血が暴れはじめるのを感じた。

アオのフェロモンに誘発されるように俺自身からもαのフェロモンが放たれているのが分かる。

不用意にΩのフェロモンに当てられることがないように抑制剤はきっちり飲んでいるのに抗うことが難しい。

誰も教室に残っていないことだけが幸いだった。

細い腕で自分の身体を押さえるように抱え込み、はくはくと息を吸い込むアオは苦しそうだ。

なんとかしなければと考えるが、身体が動かない。

傍に居る俺を見上げて「助けて…、サク…」と震える声でぽろぽろと涙を流すアオの顔に、声に―――

俺は欲情した。


最悪だ。しかし―――


そうだ。お前は俺のものだ。

俺だけがアオを助けられる。俺しか助けられない。

その小さな口を啄んで、舌も味わって、

苦渋ではなく快楽の涙に溺れさせて愛したい。

身体の全部に触れて、確かめて、愛して、

一番気持ちよくさせて、俺のものにして大事にしてやる。

愛したい、愛してる、愛させてくれ。

お前を噛んで、食べて、全部俺のものになって―――


荒々しい渦潮のような感情に飲まれる直前、我に返って頭を振った。一瞬理性が消えそうだった。

否、消えていた。

フェロモンの強さにぞっとした。このままではだめだ。

アオを傷付けてしまう前になんとかしなければと理性を繋いで鞄の中から緊急抑制剤のアンプルを取り出した。

自分とアオの脚に打ち込んで効果が出るのを待つ。

アオは辛そうに呼吸をしている。手を握って安心させてやりたい。だがまだ抑制剤の効果が出ていない状態で触れたら俺はアオに何をするかわからない。

意識を保つのもやっとの状態なのだ。

こんな状態のアオに手を出すなんてダメだ。

フェアじゃない。話し合って、アオから触れる許可をもらってそれから…とそこまで考えて俺は気付いた。

ずっと自分とアオは「運命だから惹かれ合う」「だから傍に居て守らなければいけない」のだと思っていた。けれど違うのだ。そう確信した。


(俺は、アオのことをちゃんと想っていたのか…)


ようやく自分の気持ちに気付いた俺は赤くなった顔を片手で覆った。

アオを大事にしたい気持ちも、愛したい気持ちも、どちらも俺自身の気持ちだ。

この感情は運命という不確定な迷信から来るバース性のせいでは無いのだとわかって安堵した。


俺はアオを愛している。それだけで幸せだった。


互いのフェロモンが落ち着くとぐったりとしたアオの身体を抱えて俺は自宅へと急いだ。

アオからは胸の奥をくすぐる匂いがして今すぐにでも触れたくなる。

だがそれを必死で抑えて俺は脚を動かす。

幼い頃から知っているアオの香りは誰にも渡したくない。もちろんアオ自身もだ。


だからアオの目が覚めたら発情期が本格的にくる前に「好きだ」と伝えて、口説き落として、恋人になって、番になる許可をもらって、ずっと一緒にいる約束をするんだ。




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