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大切な人を幸せにしたい思ったら、試金石にされるとか思うか…!!!!!

作者: 景山 斐雲





「無理です」



目の前で残酷にもそう宣言した女神に、ミサは人生何度目かの人生ってままならないなぁ…、という現実に遠い目をした。


──10代は、漠然と未来は明るいと信じていた。

──20代は、まだ努力は報われると信じていた。

──それも、三十路も超えれば現実そんな甘くないのだと理解した。


この世で報われるのは、才能に恵まれて、自分の才を発揮する術を知っている人で、世間で求められる能力値に達せなかった人は、周りに後ろ指さされながら生きるしかないのだと理解した頃には、努力が嫌いになっていた。


努力にも方向性があるらしいけど、正しい方向性なんて知らないし、

質問には良し悪しがあるらしく、私の質問はいつも的外れだと言われ、

話す時は相手のことを考えてと言われるけど、真面目に話して面白いと笑われる感覚がズレてるらしい私の想像はトンチンカンで、


つらい、くるしい、にげだしたい


そんなことを思ってばかりだったから、案外突っ込んできたトラックに轢かれると分かった時も辛くなかった。


──ああ、せめて一息で死ねますように


そう願ってそっと目を閉じた次の瞬間、身体に衝撃が走って…、








すぐに楽になった。


死んだんだと理解して、そっと目を開けた先で出会ったのが、この黒髪褐色美女の女神様だった。

いわゆる転生モノ。

なろう系で100万回見た展開…。と思いつつ、テンションは爆上がりしていた。

俺TUEEEE!!!!!!!!!!!!!!!!!!が始まると思うじゃん????



「能力値に振り分けられるポイントは、前世の功績によるものですから、何も成し遂げていない貴女では、儚げな見た目でボンキュッボンなセクシーな美女で、頭も運動神経もトップクラスの裕福で素敵な家族に恵まれ、運が飛びっきり良い人にはなれません」


「ぅぐ…、」



確かに前世何も何遂げてないのも、欲張りまくったのも事実だけど、異世界転生ってそういうものじゃないの??????

そんなことを思いつつも、口に出す勇気もなく、恥ずかしげもなく欲張ったことを後悔していると、ふむと女神が1つ頷く。



「そうですね。貴女を幸運にすることはポイントが足りず出来ませんが、貴女が好意的な人に幸運が訪れるようには出来ますよ」


「え!?本当ですか!」


「はい。そちらは自分を幸運にするポイントの三分の一なので、ギリギリ足りますよ」


「ならそれで!!」



よく聞かないこに即答した私も悪かったとは思う。



「かしこまりました」



でも、こういう時に女神から与えられるスキルにデメリットあると思う?????


ニッコリと微笑んだ女神に私は完全に騙されていた。



「では、『スキル:座敷童子』ですね。良い人生を」


「はい!」



すぅっと意識が遠のく中、女神の言葉の違和感に私は最後まで気が付けなかったのだ。




【座敷童子】

地域により多様な姿をしている。

家に居ると栄えると言われるため、福の神の一種として扱われることもある。


















ただし、家を去ると家運が傾く盛衰を司る貧乏神としての一面を持つ。






□■□■□■□■□■□■□






──人生ってままらないねぇ…



人生何度目かの悟りを開きつつ、ミサはため息を吐いた。



──お腹減ったな…



転生して、15年。

まさか、路上でボロボロの服で生活する羽目になっているとは思わなかった…。



──せめて、家族を嫌わなきゃ良かったのかな…。でもなあ…、



そんなことは、大人しく見えて、内心苛烈なミサには不可能だった。


転生したミサが生まれたのは、とある子爵の娘。





と言えば勝ち組に思えるかもしれないが、

実際は、家計は火の車、

領民に重税をかす悪徳貴族、


そんな無能で傲慢な悪徳子爵がメイドを強姦して生まれたのが私である。


シンプルにクソ。というのがミサの感想だった。


母は最後まで堕胎を頑張ってたらしいが、失敗して、出産時に運悪く亡くなり、

子爵婦人は比較的に善良で、赤子の私に、死なない程度の最低限の生活を保護してくれて、後は居ないものとして無視してくれていた。

異母兄弟達は、それより厄介で、機嫌が悪いと小突いて来るのであまり好きではなかった。

使用人達は、私を見下す人と同情的な人に分かれていて、見下す人は異母兄弟達よりも陰湿で悪質で好ましくなかった。

同情を侮辱と受け取る人も居るかもしれないけど、無力な幼子だった私にとって、同情的な使用人達は、命綱だったので有り難かった。

父は嫌いだった。

子爵婦人が愛人の娘に微妙な気持ちを感じて無視するのは分かるけど、お前のやらかしで生まれたのに、お前が私を無いものとして扱うのはおかしくない?????

私が過激な使用人に酷いイジメを受け始めると、その人達を解雇してくれたのは子爵婦人で、何故か実父ガンスルーしてきやがるし。

私が酷いイジメ受ける一因、お前のクソな使用人と領民への扱いの憂さ晴らしだからな?????

後、権力のある大の大人が自分より弱い者を怒鳴り散らしたり、虐げている所って、『コイツ、器ちっせぇなぁ』って萎えない??????

私は萎えた。

領民が可哀想なので、コイツさっさと没落して、もっと良い人が領主になればいいのにな〜。と、あ、でもそうなると子爵婦人も巻き込まれるのか?子爵婦人にはなんだかんだ世話になってるし、巻き込まれずにもっと良い人と結婚して欲しいけどなぁ。と思ったのがいけなかった。


8歳の時に家が没落した。


──ハ????????


そう思うよね。

私もわけが分からなかった。


父親の汚職が国にバレたらしい。

税金のちょろまかしどころか、なんか隣国に情報売ったりしてたらしくて投獄。

幸いにも、国王陛下のご慈悲で家族は見逃して貰えた。

そうしたら、事実上独り身になったらしい子爵婦人に幼馴染みの文官やってる男爵家の三男坊がプロポーズして、三男坊さんは優秀だったらしく、そのまま子爵家の後釜に入ることになったらしい。


さて、ここで問題が私だ。

異母兄弟達は、子爵家の継承権は剥奪されたらしいが、子爵婦人の子供だし、三男坊が子供達を含めて子爵婦人を受け入れたので、彼ら達は貴族継続となるが、私は大罪を犯して貴族の身分を剥奪された男と平民の女の子供だし、子爵婦人も流石に私を我が子のように扱うようなトチ狂った優しさは持っていなかったので、新しい家族に血の繋がっていない私を受け入れる気はなかった。

まあ、それは致し方ない。

何よりも、それなりに善良な子爵婦人と三男坊さんは、ちゃんと私の奉公先を決めてくれたので、さほど恨んでいない。

まあ、それなりに良い生活をして欲しいものだ。

異母兄弟達は、将来結婚後にでも、離婚する程じゃないけど、そこそこ不満のある結婚生活を送って欲しいと思う程度には嫌いだけど。


さて、ちらりと前に言っていたが、私はパッと見、大人しげに見える。

怒りや嫌悪をあまり表現しないし、表現してもかなりオブラートに包むせいなのは分かっているが、私がそれを攻撃的に表現されるのが苦手なので、どうしてもオブラートに包んでしまう。

そうすると何が起きるか?

クッソ、舐められるのである。

うん、分かってる。

分かってるけど、やめられない…。

どこまでが正当な怒りで、どこからが自己中な怒りか分からないから、とりあえずそこを考えずにはいられないないから…。


その結果、奉公先で地味な嫌がらせがあったし、チクチク言ってくる若旦那がうざいなって思ってたら、経営が傾いた。

その結果、あれよあれよという間に花街に売られた。


──ハ??????


そう思うよね?

イラッとするなと思ってるうちに奉公先は潰れた。

10歳の頃の話だった。

でも、花街はもっと厳しかった。

女社会だ。女に厳しい。

気の大人しくて、とろくさい私は、速攻イジメのターゲットになった。

1ヶ月で潰れた。

最速だった。

何でもお偉いさんを怒らせたせいで取り潰しになったらしい。


その次も花街の店だった。

美人じゃないから裏方だったけど、今度は比較的に人が良くて頑張れた。

特に大好きな姐さん2人がいて、1人は売上はそこそこの遊女だったけど、それなりに裕福な好い人に好かれてすぐに身請けされてしまった。

嬉しかったけど、寂しかったな…。

もう1人の姐さんは、同じ裏方でこちらは年季明けまで働いて、同じく年季明けした若い衆の男と結婚して、2人で花街の外で小さな店を開くという。

ぜひ、繁盛して欲しい。

まあ、そんなこんなで私を守ってくれていた姐さん達が居なくなると、またいじられキャラとして扱われるようになり、それがどんどんヒートアップし始めて、ううん…と思っていた時期に、遊女の1人がやらかした。

客と夜逃げしようとしやがったのだ。

まあ、遊女は人である前に高級な商品として扱われるので当然、大罪。

酷い折檻を受けて、最悪見せしめに殺される。

逃げた遊女は、捕まった瞬間、急にその現実が恐ろしくなったようで、自分は男に誘拐されたのだ!!と主張しだした。

だが、誘拐されるなら、その場で暴れてなければ不自然なわけで、そこを詰められて、言葉に詰まった逃げた遊女と目が合ったのが運の尽き。



──あの女が私のお茶に睡眠薬を混ぜたのよ!!!!



私を指してそう主張しやがったのだ。


──ハ????????


もちろん、そんなことはしていない。

逃げた遊女は、私を小馬鹿にするような嫌な弄り方をしてきてた人だからあんまり好きじゃなかったし、そんな危険を犯す義理はない。

私からの好感度が高けりゃ、子爵婦人や姐さん達のように、逃げなくたって結婚出来ただろうし。


だが、周りはそうは見ていなかったらしく、だる絡みされて嫌がっていた私の内心とは別に、逃げた遊女に可愛がられていたから、さもありなんと言い出した。

そのせいで無実の私を折檻しやがったことは今でも許してない。

ついでにその店は私を折檻した翌日に火事で燃えた。

私の折檻を決めた大旦那の煙草の不始末で周りの店まで燃やしたから、かなり白い目で見られているらしい。

死人が出なかったのが不幸中の幸いだが、店を続けるのは評判面でも難しくなったようで、店で働いていた者達は、他に引き取られたが、ここで皆が扱いに困ったのが私だ。

遊女の誘拐を手引きしたという罪はもちろん、生まれた家が没落、奉公先が潰れ、1件目の店は取り潰し、2件目の店は焼け落ちた。


うん、普通に不吉。

おかげで誰も私を引き取りたがらずに、14歳にして家も職場も失い、浮浪者の仲間入りを果たしたのが、現状。

長年の栄養失調のせいで小柄で貧相な見た目のせいで少年に間違えられてるのが、まだ不幸中の幸いだが、ぶっちゃけ少年でも身の危険はあるが、昔っから足は遅くとも逃げるのだけは上手かったおかげで、まだ純潔は守れている。

そんなギリギリの私の生活は、暑さ寒さと空腹に苛まれている。


──前世はまだ幸せだったな…


仕事で怒られても、衣食住は保証されていた前世に思いを馳せながら目を瞑っていると、



「おい…」



そんなぶっきらぼうな声が降ってきた。



「…大丈夫か」



ゆっくりと目を開くとそこには、無骨な雰囲気の男が立っていた。



「はあ…、?」

──ぐぅぅぅぅぅううう〜〜〜〜〜



返事すると共になんとも情けなくもなった腹を恥じるよりも先に、これでなんか恵んでくんないかなと、身なりの良い男を見て思う。



「…これでも食え」



そう言って多分自分のために用意しただろうパンの入った袋を馬に乗ったまま投げよこされる。



「わあ!!!!これで1週間は生活出来る!!!!!」


「1週間…、」



なんか男の人から引いたような声が聞こえた気がするがスルーする。

多分、男にとっては1食分だったんだろうな。



「ありがとうございます!お兄さん!

きっとお兄さんに良いことが起きますよ!」



今、私の中の好感度が爆上がりしたからね!!!!!!!



「ふっ、…良いことか、


精々、間に合うことを願うさ」



信用してなさげな声だったが、そんなことはどうでも良い。

元々、私が何かしてどうにかなるわけではないので、私だって確信は持てないのだし、信じられなくて当然なのだ。

ただ、今日のご飯にも困っていた私にとって、このお兄さんの気紛れは天の助けだったので、好感度が爆上がりしたってだけの話なんだから。



「ありがとうございました!」



そんな私の言葉を待たずに馬を走らせたのだから、きっと忙しい人だったのだろう。

間に合いたいとか言ってたし。


そんな中でも、お礼を言えば背中越しに手は振り返してくれたし、止まってパンまでくれたし、めっちゃいい人だなって思う。



「お兄さんのお願いが叶いますように」



口に出す必要性はないけど、何となくそっちの方がご利益ありそうで、ミサは最後に一言そう呟くと5つある大きなパンの1つにかぶりついた。







■□■□■□■□■□■







(変なヤツだったな…)



無骨の男。

もとい、ローラン・ドラドークは、先程の貧相な子供のことを思う。


ローランは、ドラドーク辺境伯の嫡子として生まれたが、両親を早くに亡くし、穏やかで愛情深い祖父母に育てられていた。

だが、そんな優しい祖父母の子供だとは信じられないくらい強欲な叔父夫妻は、数年前に長年連れ添った妻をなくして弱っていた祖父につけ込んで、ここ最近、領地を我が物顔で好き勝手していたらしく、領地を任せていた乳兄弟からの報告で、大慌てで帰っているのが彼の事情である。

まさか、友人の王子を玉座につかせるために支えている自分の足元を親戚に揺るがされるとは思っていなかったのだ。

その上、年齢から急激に持病を悪化させた祖父は、ローランが戻るまで持つかも危うく、

ローランが戻る前に亡くなれば、叔父夫妻が自分の良いように祖父の遺言を捏造するのは明らかであるので、余計気がせるのだ。


なら、何故、あの場で足を止めたのかといえば、ただ悲しかったのだ。

まだ家族に守られているような年頃の子供が、うずくまって転がっていた姿が、

そんな子供を自分の領地で見ることが、

ただただ、悲しかったのだ…。



(まあ、思ったほど幼くはなかったようだがな)



小柄で、1桁くらいの年頃にも見えた子供が、ローランの声で上げて見えた顔は、思ったよりも子供らしさはなく、遺伝的に小柄なのか、栄養失調で小柄なのか、はたまた両方かは分からなかったが、10は幾ばくが越えてそうであった。


まあ、それでも、自領で、あんな骨と皮の子供がいるのはあまり気分がいいものではない。



(だが、不思議と気丈でいい子だったな)



無気力そうに濁っていた子供の目は、パンを見るなり輝きだし、調子よく、『良いことが起きるよ!』というのだから、なんとも図太いものだ。


だが、それで気分が少し、ほんの少しだが、軽くなったのも事実なので、ローランはあの子供に感謝していた。



(間に合わずとも、最後まで足掻こう…)



それが、無能な王太子と王位を争っている国を憂いる友人と、叔父の監視の目を盗んで報告してくれた乳兄弟への恩返しだとローランは思い、覚悟を決める。



「はっ!」



そうして、馬を走らせていると夜がふけた頃になってやっと領地の屋敷が見える。



「ローラン様!!」


「アルデ!」



気が付いた乳兄弟・アルデが慌てて迎えに出て来てくれる。



「お爺様は?」



羽織っていたコートを渡しながらも、ローランの足は祖父の寝室へと早足で向かっていた。



「…今宵が峠とのことです」


「そうか…」



最愛の祖父だ。

間に合ったことは嬉しいが、やはり長くはないことに気が沈む。



「アルデ。お前のおかげで間に合った。ありがとう」


「俺はッ…!」



何も出来なかったと悔しげに呟くアルデだが、アルデが機転を利かせてくれなければ、ローランは本当に何もかもを失っていたのだ。



「お前が居たから、ここまで持ち堪えれた。

お前が居たから、今からやり直せる。

それを忘れるな」


「っ、はい!」



ローランの言葉に、今まで傍若無人なローランの叔父一家をなんとかなだめすかしてきた努力が報われた気がして、泣きそうになるのをアルデは必死に耐えて頷いた。



「お爺様の所へ行こう」



この後、なんとかローランは意識が朦朧としている祖父と話すことが出来、翌朝、ローランが居ることを驚いている叔父一家を黙らせ、祖父を見送ると、問題なく辺境伯の座を手に入れることが出来た。



「本当にあの子供の言った通りだったな」



ただの偶然なのは分かってはいるが、自分は無事、辺境伯の座におさまったのに、子供が今も路上でボロボロな服を着てお腹を空かせているかと思うと、なんとも座りが悪い気がする。



「アルデ。出てくる」


「え!?ローラン様!?」



慌てるアルデの声をBGMに、ローランはあの子供と出会った場所へと向かう。



「あれ?お兄さん?」



どうやら前出会った時と違い、真っ昼間なので子供も一応働いているらしい。


…布1枚持っただけの靴磨きとして。



一応、子供は持っている物で頑張って磨いていた気がするが、何が気に入らなかったのか、

…いや、元々八つ当たりする為に子供に理由付けのために靴磨きさせたのか、中年の男は、怒鳴り散らすと子供を蹴りつけ、小柄な子供は壁に勢いよくぶつかったのを見て、鼻で笑うと去っていった。

それなのに、慌てて子供の元へ駆けつけると、子供はケロッとした様子でローランを不思議そうに見上げた。



「大丈夫か…?」


「うん、大丈夫だよ。追撃してこないだけ、優しい人で良かった」



そうにこやかに笑う子供にローランの眉間の方にシワが寄ってしまう。



「それは優しさじゃない。自分よりも弱い相手に八つ当たりするヤツは悪いヤツだ。分かるか?」



自分の肩を掴んで、真剣な顔でローランがそういうものだから、ミサは思わず笑ってしまう。



「うん、そうだね。いい人ではないですね。

でも、追撃してくる人よりもマシです」


「…」



どちらも変わらずゴミだと、どう言えば伝わるのかとローランは悩む。



「それに、その分きっと嫌なことあるかと思えば、ちょっとスッキリしますし!」


「…」



そんな確証のないことを…。とローランが呆れていると、



「うわあ!?!?!!」


「!」



後ろから男の悲鳴が聞こえて振り向けば、ミサを蹴り飛ばした中年の男の服と髪に鳥の糞がベッタリとくっついていた。



「俺のおニューの服が!!!!髪にも…!!!!」



そう言って嘆いて注意散漫になっていた男の肩にドンッと人がぶつかる。



「あ゛?」


「ヒィッ!!」



明らかに荒事に慣れてそうなガラの悪い男にぶつかった中年の男は、さらに不運にも自分の服についていた鳥の糞がガラの悪い男にもついてしまっていたのだ。



「どう落とし前とってくれんだ、ア゛ァ゛ン゛!!!!」


「す、すみませんーーーーーー!!!!!!」


「待てやゴラァァアアアアアアアア!!!!!!!!!」



逃げる中年男を追いかけるガラの悪い男を見送ったミサは、ローランにニッコリと笑う。



「ね?だから、また私にパン買ってくれたら、きっと良いこと起きるよ!」



偶然なのか、必然なのか、迷う話だ。



「買わなかったら不幸になるのか…?」


「ならないよ!言ってみて、買ってくれたらラッキー、儲けもん!って思ったから言ってみただけだし」



なんとも気の抜けた返事で、より迷う。


調子のいいことを言っただけだから、そんなことは起きないという意味にも、

害されてはいないからそんなことする気はないという意味にも、

どっちにも取れる答えにローランはどう解釈するべきか分からないが、だが、ローランの元々の目的は1つだった。



「行く場所がないなら、うちで働くか?」


「え…、…いいの…?」


「もちろん」


「っ〜〜〜〜〜!!!!!お兄さん、大好き!!!!!!きっと、これから、もっともっと良いこと起きるよ!!!!」


「お前が言うと本当にそうなりそうだ」



泣きながら抱きついてきた子供の頭を撫でながら、ローランはふと目尻を緩めて微笑んだ。







□■□■□■□■□■□







「で、拾って来たと?」


「ああ」



まるで犬猫の如く、小汚い子供を拾ってきた主人にアルデは頭を抱えた。



「頑張って働きます!!」



フンスフンスとやる気に満ち溢れている子供には悪いが、辺境伯の使用人になるには、それなりに身元が確かな人じゃなければいけないのだ。

いくら主人の願いとはいえ、アルデは無条件で受け入れるわけにはいかない。



「…とりあえず、あまりにも細いので、まずは離れで療養が必要では?」



そう言えば、子供はよく分からないとばかりに首を傾げ、主人はその遠回しの、安全が確認出来るまで監視するという意図を理解して眉を顰めている。



「大丈夫ですよ?ずっとこの細さで働いて来たんで」


「…いいえ、まずは身体を休めて下さい。

万が一、倒れてしまえば、辺境伯家は使用人が倒れるまで使う家と言われてしまうので」


「ハッ!!それはダメですね!」


「ええ、そうでしょう?


ですよね?ローラン様」



ずっと骨と皮で働いていたというミサの言葉にアルデも少し心配になるが、アルデの仕事は辺境伯家とローランを守ることだ。

ローランが警戒しないというのなら、ローランの代わりにアルデが警戒するのも仕事の一つである。



「ああ…」


「ちょうど同じ年頃の子がいるので、まずはその子とこの屋敷に慣れてくださいね」


「はい!」



もちろん、アルデが言っているのは、影として育てられた子のことだ。



「改めて、ミサと言います。15歳の女です!よろしくお願いします!!」



元気よくミサが頭を下げている中、アルデは、13歳くらいの少年と思っていた子供が、ギリ成人した女性だと知って思わず主人を見れば、必死に顔を横に振っていたので、そういう意図ではないことにホッとする。







■□■□■□■□■□■







「カリン、この後、お菓子でもしない?」


「うん、いいよ!」



今日も監視対象の明るく穏やかな友人役を演じているカリンは、ミサの言葉を肯定する。



「ねぇ、私もカリンもふっくらしてきたし、もうそろそろ働けると思わない?」


「そうだね!」



実際、監視して2ヶ月、ミサの身辺調査も粗方終わっているから、もう少しすれば働けるだろうとカリンも思っているから肯定しておく。



「でも、働かないで今の生活したいとか思わないの?」



これは最終試験の質問だ。

ドラドーク家に怠け者は不要だとアルデ様は考えているから。



「え?だって、ここには働くために来てるんだよ?働かないでここを追い出されたら困るし」



キョトンとした顔でそう答えるミサは根が真面目なのだろう。



「カリンは働きたくないの?」


「そんなことないよ!ずっとここで働きたいと思ってるよ!もちろん、ミサと一緒にね!」


「カリン〜〜!!!!もう!大好き!!」


「私も〜!!!!」



ミサのことは嫌いではない。

監視対象だから気は許せないが、根がお人好しなのはこれまでの付き合いで確信が持てている。

困っている人を見れば、手を差し伸べる。それが出来る人だから。

だから、この後、影に戻されるのか、暫くミサの監視を続けるのかは分からないが、ミサの傍にいることはやぶさかではない。

何よりも、ずっとここで働きたいのは本当だ。



(嫌な人達も居なくなったし)



ここ最近、運が良い。

影は捨て子を拾って育てるが、心を捨て、主人の手足となる為に育てられた影だって人間なわけで、嫉妬心はなくならない。

若くして頭角を出している私を面白がらない人も中には居たが、その連中が任務の失敗なんかで死んだり、処分された。

おかげで、前よりも居やすい職場でのびのびと仕事が出来て楽しいくらいだ。

元々、ここ以外に居場所は無いから、居場所が心地良いのは嬉しい。



(そして、この運は…)



ちらりと必死に生地を混ぜているミサをカリンは盗み見た。



「ミサ。ここに居たのか」


「ローラン様!」



その時、ローランが離れの小さなキッチンへと現れた。

ぱあっとミサの表情が明るくなり、それにローランの目尻が緩む。



「お仕事は終わったんですか?」


「休憩時間だ」


「そうなんですね!」



自分を拾ってくれたローランにミサは一等懐いていたし、ローランもそんなミサを可愛がっていた。



「最近、会えてなかったから会えて嬉しいです!」


「そうか」



ミサは、好意を隠さない。

本人に前に聞いたら、恥ずかしがって言わずに離れ離れになるのが1番嫌だからという理由らしい。

人間明日生きてる確証なんてないのだから、と、明るい性格に反して、達観的なことを言うのは、浮浪者となった経験故かもしれない。

そして、下心のない好意を向けられて嬉しくない人はかなりの少数派だろう。

もちろん、カリンの主人であるローランはその少数派には入っておらず、少しずつミサに絆されて、会いに来る回数が増えていた。

だが、



「ああ、ここ最近、日照り続きで、水不足はもちろん、秋の収穫が危ぶまれていてな…」


「え?そうなんですか!?」



私、何も考えずに水使ってました!と慌てるミサの頭をローランが撫でる。



「まだ、生活に支障をきたす程ではないから問題ない。

ただ、このまま続くなら、対策を考えなければならなくてね」


「…私、そこまで考えてなかったです…」


「当然だ。これは俺の仕事だからね」


「でも、ローラン様が仕事が忙しくて大変な思いするのは嫌ですね…。

ローラン様が困るなら、きっと雨、降りますよ。

水不足にはならないし、秋には豊作になります」


「そうだと良いな」



頭の上で止まっていた手でぐりぐりと乱雑に撫でられて、わわっとミサは慌てる。



「他!他はないんですか!」


「他?」


「はい!お困り事です!」



ミサは、自分の失態を恥じて、ローランに問いかける。


ミサの力は、多少ミサの想像力に左右される面がある。

ミサの思い通りには出来ないし、相手が幸福や不幸だと感じることが起きるので、ミサの想定外のことも起きるが、ミサの思いと相手の幸福や不幸が一致すれば、起こる事象の優先順位には影響があるのだ。

だから、ミサがローランの日常的な幸福を願えば、ローランに降り掛かる幸福は日常的なものが多く、政治的なものは減ってしまうのだ。



「そうだな…、まあ、最近盗賊が増えているから、まあ、街までなら安全だろうが、ミサとカリンも気を付けなさい」


「はい!」


「分かりました!」



まあ、盗賊如きに害されることなどカリンが居ればありえないが、と思いつつローランが忠告すれば、カリンも同じことを思いつつも返事を返す。

ミサは、ローランの仕事でも良いこと起きますように!!と自分を気にかけてくれる気のいいお兄さんの幸福を祈っておく。






□■□■□■□■□■□






「彼女の様子はどうだ」



真夜中、ミサが寝静まった後の離れを抜け出したカリンの前には、机に座ったローランとその右後ろに経つアルデが居た。



「不審な点はございません」


「裏取りでも、問題ございませんでした」



そう言ってローランにアルデから差し出された資料は、カリンがミサから聞き出し、裏取りした内容だろう。



「まさか、ダグレ家の庶子だったとはな…」



ダグレ家は、今から7年程前に潰れた家だ。

隣国に情報を流していたことで、かなり騒がれていたが、その後の奥方のラブロマンスも有名で、まさかその裏に、奉公に出された庶子がいるなど、大半の者が知らなかった事実だろう。



「まあ、それにしても強烈な過去ですね…」



アルデの苦笑には、ローランも納得せざるおえない。

家が没落した。くらいならまだ分かるが、安定していたはずの豪商が潰れ、売られた店が潰れ、または焼け落ち、それがたった7年の間に起きているのだから。



「ただ、彼女が何かしたって訳ではないようですしね」



ここまで不運が続けば、もしかしたら、ミサが引き起こした可能性も考えられたが、彼女は、いつもどこでも、無力な子供だった。



「彼女が、この家を潰す可能性はあると思うか?」



アルデがカリンへと問いかける。



「…いいえ、少なくとも現状はありえないかと」


「何故?」


「彼女は、自分を救ってくれたローラン様にとても好意的です。

まだ、予測段階ですが、彼女の好感度と幸不幸が連動しているように思えるのです」


「それは…」



疑うような目を向けるアルデの目をカリンはしっかりと見返す。



「もしも、水不足と秋の豊作、そして、山賊の件があっさり解決したら、その可能性はとても高いと思って下さい」


「なるほど、今日、俺が彼女に話した内容か」


「はい。ローラン様もそのおつもりだったでしょう?」


「まあ、現段階、彼女の予想は100発100中だからな」


「あなた達は…」



どこか頭痛が痛い(誤用)のような顔をしてアルデは2人のやり取りを見ていた。







■□■□■□■□■□■







「まさか、本当にこうなるとは…」



アルデは、例年と比べ物にならない程の豊作の知らせに書類に書きながらポカンとしてしまう。



「あの、悩んでいた夏はなんだったのでしょう…」


「さぁなぁ」


「水不足もあの数日後には降り始めて、解決してしまいましたし」


「そうだったな」


「山賊は雨のせいで起こった崖崩れに巻き込まれて勝手に自爆して、簡単に捕まえられてしまいましたし」


「ああ」


「ミサが働き始めると厄介な人達は辞めだし」


「あったな」


「穴埋めに困るどころか、身元のしっかりした優秀な人達が何故か集まるし」


「おかげで仕事が楽になった」


「本当に彼女の周りで起きてた不幸ってなんなんですか!!!!」


「虐げられてた結果だろうな」


「大切にするだけでこれだけの幸運が運ばれるのに馬鹿すぎませんか!?!?」


「まあ、舐められる見た目と性格してるからな。

その馬鹿共のおかげで、俺の地盤が安定したから安心して親友を支えられる」


「もう、王都に連れてって王太子殿下にでも合わせれば、勝手に好感度地に落ちて、王太子殿下一派自爆すると思うんですけど…」


「確かに…。


連れて行くか…」


「そうしてください」



あんな無能で傲慢な王太子と、軽い神輿を背負いたがる貴族などサッサと没落すれば良いというのがアルデの本音なのだ。



「ただ、その分しっかり守って差し上げてくださいね」


「もちろんだ」



真面目な主人は、それを庇護者の勤めだと思っているだろうが、アルデからすれば、ミサは爆弾だ。

好感度が高いうちは、ありったけの幸福を。

そこに奢ってアルデを軽んじれば、不幸を。



(何よりも、本人だけをチヤホヤすればいい人間じゃないのが厄介だ)



贅沢を求め、跪かれ優越感を感じる者なら、もっと扱いは容易かったのに、ミサは、贅沢よりも平穏を好み、跪かれるよりも互いの尊重を好み、自らの平穏と尊重を脅かされるのを何よりも嫌っていた。

他人が不条理に、または過剰に怒鳴られることに嫌悪を示し、他人の人権を、価値観を踏みにじる行為を受け入れ難いと厭忌した。


だから、何よりも平穏と尊重を好むミサが利用されたと知った時、どのような反応を返すのか、アルデには想像がつかないからこそ、恐ろしかった。

だから、利用されたと思わないように守って欲しいのだが、多分、この主人には伝わっていない。







□■□■□■□■□■□







「ミサ、1つ聞きたい」


「何ですか?」



主人と同じテーブルについて良かったっけ?

まあ、今、ローランさんしかいないし、本人がそうしたいって言ってたからいいやと流して、席についたミサにローランが真面目な顔でそう言い出すから、何事かとミサも真面目な顔をする。



「君は、他人の幸不幸を操れるのか?」


「…」



冗談ではなく、真面目な雰囲気にミサはどう答えようかと迷う。



「言いたくないか?」


「言い、たくないわけじゃなくて…、なんて言えばいいのか、…分かんないです…」


「と、言うと?」



それだけ言うとリラックスしてゆったりと待ちの姿勢を見せてくれるローランが、頭の回転の早くないミサには有り難かった。



「私が何かしてるわけじゃないんです」


「うん」


「でも、私が好きな人は良いことが起きるし、私が嫌な人はちょっと悪いことが起きるのは確かです」


「選べない?」


「選べないです。私の感情に左右されるし、感情をコントロールすることは出来ないので」


「なるほど」



ふむふむと頷くローランに、これで良かったのだろうか?とミサは悩む。



「ミサにお願いがある」


「えっと、何でも叶えれるわけじゃないですよ…?叶う内容はランダムですし…」


「そうじゃない。君へのお願いで、嫌なら断っていい」


「はあ…?」



能力の確認したのに関係ないの??と首を傾げるミサにローランは話を進める。



「俺と一緒に王都に行って欲しい」


「王都…?」



何故…?と不思議そうにするミサにローランは続けて言う。



「俺は、王太子ではなく、第二王子に玉座について欲しいと思っている。今の王太子が玉座につくと国が荒れると思っているからだ」


「ええっと、でも、私の感情はコントロール出来ないので、万が一王太子の方に私がついて、第二王子を嫌ったらマズイのでは…?」


「…あまり、事前情報を与えて、先入観を持たせるのも悪いので言いたくはないが…、王太子殿下は、まあ、色々アレな方だから、大丈夫だと思っているのも、今回連れて行くことを考えた一因だ」


(マジかよ…、王太子様、どんな性格してんのよ…)



あくまでローランの主張とはいえ、ミサの制御不能な能力を知った上で、連れて行けると思われている王太子の性格が不安になる。



「それで、ミサは噂に惑わされない、自分の見たものでしか判断しない人だから、ここでどれだけ王太子の悪行を言ったところで、彼に不幸は訪れないだろう」


「まあ…、そうかもですね」



ついでにこれは、すでにアルデがカリンを通して実験済みで、どれだけ悪い噂を言われても、ミサは一切の悪い噂を信じなかったし、相手に不幸は起きなかった。



「だから、君は侍女として連れて行き、会ってもらいたいんだが…、その時に不愉快な思いをする可能性が非常に高い…。

それを分かった上で、俺達に協力して貰えないだろうか」


「ええっ、と…」



そう言って貴族でありながら、頭を下げてくれるローランに、ミサは本当に真面目で優しい人だとほっこりするし、この人の役に立ちたいと思える。

だから、



「いいですよ。私で役に立てるなら、協力します」



そう頷いた。


この後、王太子とその一派に多大な不運が巻き起こり、謎の無血一掃として、歴史に名を残す事件が起きることを誰も知り得なかった。






女神「だって、良い人が報われない世界とか嫌じゃない?

あの子、他人に舐められるからちょうど良かったのよ」

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― 新着の感想 ―
この後部下のままなのか養女にするのか妻にするのかが気になります。
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