07 ニワトリさん
都会の小学校はどうだか知らないが、ド田舎の小学校にはたいてい「飼育小屋」というものがあり、ウサギさんやニワトリさんが飼われていた。
私が通っていたド田舎の小学校も例外ではなく、四畳半ほどの金網の小屋があって内側が仕切られ、ウサギさんブースとニワトリさんブースになっていた。ウサギさんは普通の白ウサギで、ニワトリは白色レグホンとなんか茶色い小型のやつ数羽だった。
私は動物が好きだったし、家から小学校まで歩いて5分だったので、しばしば世話をしに来た。
ある日、飼育小屋の前にふたのしまった段ボール箱が置かれていた。近寄るとガサゴソと音がする。明らかに何か入っている。開けてみるとなんと、立派な軍鶏が一羽、入っていたのである。
急いで先生に知らせたが、まあ捨てニワトリだろう、ということで、ニワトリブースに入れることになった。実はこのように飼育小屋の前にニワトリが捨てられていたのは初めてではなく、その時ニワトリたちのボスだった「ピヨリ」という白色レグホンの雄鶏も、ヒヨコ時代に捨てられてニワトリブースで育った元捨てニワトリである。
軽い気持ちでヒヨコを飼っても、ピヨピヨ言ってるカワイイ時期というのは一ヶ月、二ヶ月ほど。すぐにトサカが生えて声変わりしてコケコッコ言い出して住宅地の庭で飼うには厳しくなるのだ。ピヨリにしろ軍鶏にしろ、そんな経緯だろうと想像できた。
軍鶏の方は完全に育ち切っていたが。思えばこれを考えるべきだった。
その日はそれで帰宅し、翌日飼育小屋を除くと、なんだか小屋の中が騒がしい。軍鶏が暴れているようだ。よく見るとピヨリが文字通り死にかけていた。かろうじて止まり木に立ってはいるものの、体を立てることができず、ほとんど横倒しに見える。血まみれで白かった羽がピンク色になっている。
慌てて飼育小屋に入って軍鶏を配合飼料などを入れていた作業スペースの方に追い、ピヨリの様子を見る。ピヨリが昨日、人間が帰宅してから今までで軍鶏にどつき回されたことがわかった。目を開けていられないようで、これは死んでしまう、と思って教員に言いに行ったら、「死んでしまうのならそっと見守ってあげなさい」と言われて終わった。飼育小屋を覗きにすら来なかった。どないやねん。
ちなみに飼育小屋で動物が死ぬと、埋めるのは生徒である。私は何匹も埋めた。動物の頭数とか、教員も管理してなかったんじゃないかと思う。
死にかけたピヨリがかわいそうで、家に連れて帰りたかったがそうもできない。軍鶏を作業部屋に隔離してその日は帰った。明日にはピヨリは死んでしまっているだろう。声変わり直後から面倒を見たピヨリが……。きっと軍鶏を捨てた人も、あの凶暴性に手を焼いて捨てたのだろう。
とても落ち込んで家に帰り、気もそぞろに翌日登校して飼育小屋の中を恐る恐る見ると、ピヨリは復活していた。びっくり。めっちゃ生命力強いな!!
しかも誰が戻したのか、軍鶏の方もニワトリブースの方に戻っており、他のニワトリを追いかけ回していた。とほほ。でも、ピヨリにやったように、出血してぐったりするまでどつき回すということはなかった。
やがて軍鶏もだんだんと他のニワトリを追いかけることもなくなり、「へー、あんな気性のニワトリでも馴染むもんだな」と感心していたある日、ピヨリが軍鶏と交尾しているのを見てめっちゃびっくりした。てっきり雄鶏だと思っていた最強の軍鶏さんは雌鶏だったのである!
そして2人の愛の結晶が生まれたわけだが、軍鶏タイプの子と白色レグホンタイプの子とではっきり別れて成長したので感心した。「魔女宅」のジジの子かよ。
というか、あんだけメタメタにやられたのに軍鶏と子作りしちゃうピヨリ。「母ちゃんには敵わない(物理)」を地で行ってしまうというのに。愛とはよくわからないものである。
ニワトリさんと言えばもう一つ。
家からさほど離れていないところに、ファミリー向けの半端なテーマパークがあった。
なんかこう、遊具もボールプールと観覧車だけ、あとは花でも見てってよくらいのノリのバブルが続くと思って勢いで作ってみましたみたいな90年代によくあったやつ。
そのテーマパークの一角が、田舎のアトラクションの御多分に洩れず「どうぶつふれ合い広場」になっていた。
こういうアトラクションで生贄になる生き物はたいていウサギとニワトリとヤギと羊である。
フェンスに囲まれたそこそこ広い広場にそれらの生贄たちが放し飼いになっており、その日は町内会だか子ども会だかのイベントでみんなで来ていて、私を含む子どもたちが思い思いにウサギを撫でたりヤギに触ったりしていた。
そんな中、集団でアホなことをするやつらは必ずいる。例によって数名が、ニワトリたちを追いかけ始めた。ニワトリたちは哀れにも全力で逃げ回る。どのニワトリを、というよりは、目についたニワトリをとにかく追って、必死で逃げ出すのを笑うという悪趣味極まるやつだ。
やめたらいいのに。と思いながらしばらく眺めていた。すると、追いかけ回されていた大きめの白色レグホンが、突然立ち止まってくるりと向きを変えたのだ。
「コケーッ!」
雄叫びを上げると、向き直ったレグホンさんは追いかけてきた男の子を逆に追い始めた。逆襲されることを全く想定していなかったアホな彼らは、突然猛然とこちらに向かってきたニワトリさんに恐れ慄き、逃げ始めた。他のニワトリたちも一斉にアホたちを追いかけ出す。ついにアホたちは「ふれ合い広場」から退場したものである。
それを見届けた白色レグホンさんは、何事もなかったかのように草を啄ばみ始めた。王者の風格とはこのことだった。「窮鼠猫を噛む」ならぬ「窮鶏人を突く」。
そのテーマパークは数年で潰れてしまったが、かなり長い間観覧車は取り壊されなかったため、その取り残された観覧車を見るたびにこの勇気あるニワトリさんのことを思い出した。
私の中の英雄である。