05 カナヘビさん
野生生物が逃げない件がもう一件あった。自分がもしかして野生生物なのだろうか。いや、野生生物同士ならたぶん用がなかったらお互い逃げるんじゃないだろうか。なんなんだ。石とか木とかの扱いなのか?
私は端的に言うとサンタクロースの世話を焼く小人の仕事をしている。小人たちはサンタクロースたちが子供にプレゼントを配る仕事を難なく行えるように、子供たちの欲しいものをリストアップし、流行り廃りを調査し、素行を査定し、おもちゃ工場を整備し、各種おもちゃを製造・梱包し、配達先を設定し、サンタのスケジュールを確認し、トナカイとそりの運行管理をしているのである。
で、私はその頃おもちゃ工場の施設管理とトナカイとそりの運行管理をしていたのだが、工場内に1匹の小さなカナヘビさんをみつけた。
見るからに苦労したカナヘビさんだった。綿ぼこりと細かいゴミが体中に絡まり、痩せてお腹周りもぺったんこ。何かのはずみで入り込んでしまったけれど、出ることができなくて工場の中で何日か過ごすしかなかったことが見て取れた。
工場のメインの出入り口は自動ドアなのだが、これが風除室があるために、一枚自動ドアを抜けたところで出ることができない。二枚目の自動ドアが開くのを待つしかないのだが、基本的に関係者しか出入りしないため、開閉のあまりない中でカナヘビさんが通り抜けるのは難しかったのだろう。他の扉は常時閉鎖だ。
カナヘビさんもこちらが見つけたことに気づいて顔を上げた。なんとか逃してやりたいものだが、物陰に逃げ込まれて見失ったらそれまで。いつか大掃除の時にでも、思いもよらないところから干からびたカナヘビさんのご遺体が発見されることになる。
幸い、玄関からはさほど離れていない場所だった。そこに着くように追いかけ回して誘導するか、今捕まえて外に運び出すか。しばしカナヘビさんと睨み合った。試しにしゃがんでみる。
カナヘビさんは逃げるかと思いきや、タタ、とこちらに一、二歩、寄ってきた。手を伸ばしたら掴める距離である。でもできれば掴みたくない。彼らにしてみれば、人間の指でいきなりむぎゅうと掴まれるのは、アナコンダに巻き付かれるくらいの打撃と不快さに違いない。
で、手のひらを差し出してみたのだった。
おいでおいで。乗ってきたら外に出してあげる。
まあ、あまり期待してはいない。このまま玄関の方に歩いてくれたらそのまま出そう、くらいのノリ。ところが驚いたことに、カナヘビさんはこちらの思惑を理解したかのようにつるりと手のひらに乗ってきたのである。
えー! 私はパーセルマウスだったのかよ!(※蛇と話せる人のこと。かのハリーポッターさんがパーセルマウスで有名。なお、カナヘビさんは蛇さんと同じ爬虫類だがトカゲの仲間。ハリーポッターさんがトカゲと話せるかどうかは不明)
せっかく乗って来てくれたので、ちょいちょいとゴミを払って外に運び出してやると、カナヘビさんは手から降りて少し辺りを確認し、さささっと小熊笹の茂みの中に消えて行った。
工場の中に戻ったところ、たまたま来ていたサンタクロースの一人が「今のすごかったね!」とやたら感心していた。私がカナヘビを見つけたあたりから観察していたらしい。サンタクロースには変わり者が多いのである。
あの時のカナヘビさん、恩返しはいつでもいいよ!