小犬が来たりて、キャンと鳴く ※別視点
実は鳴いてないよ、まだ。
――よんどころない事情から、祖国を離れて幾月か。
寄る辺ない身の儚さに、思わずうつむく我が頬に
添えられたる温かき、君のその手の慕わしさ。
あゝ、罪深きはその情け。
ならぬならぬと思えども、こぼれ溢るる思いの丈を
いかにせんとて宵の月――
ヒマつぶしのつもりで、最近巷で流行っているという恋愛ものの本を読んでみたら、異次元だった。
「一周回って新しい」というすでに意味不明なキャッチコピーが冠されたその本は古典調というのか美文調というのか、ちょっと何言ってるのかわかりません、としか言いようのない代物で、オレは早々に投げ出した。が。
たまたまそれを手にとった幼馴染が、読んですっかりハマってしまった。三角関係のあげくの略奪愛だという内容を「純愛だ」とか言ってうるうるしている。心底キモい。
世話になっててなんだけど、こんなのが本物の王子とは、この国も気の毒がすぎる。
なんて他人事としてせせら笑っているうちに、ふと魔がさした。
つまらない「御家騒動」から逃れるために、生まれた国やら身分やらを捨てざるを得なかったオレは内心、くさくさしていた。
どうせなら、ここらでおふざけの一つもしてみたっていいだろう――そんな程度の気まぐれで、編入が決まっていた学園の書類上の性別を”女”に書き換えた。
つけ毛をつけてドレスをまとい、認識阻害の幻術を施せば、見目麗しい令嬢のでき上がり。――近くで見なけりゃ、まずばれない。
念には念をと「体が弱くて、人見知り。面倒見のいい王子様だけが心の頼り」なんて設定で王子様(笑)にくっつけば、誰もわざわざ寄ってきたりはしなかった。
だが、事情を知らない婚約者が遠くから物問いたげにする様子を「あれは嫉妬か」と胸ときめかせていた王子の変態っぷりにはドン引きした。婚約者には悪いが、オレのせいではないと思う。
――どうせしばしの潜伏生活だ。男も女も必要ない。ここにいるオレは全部嘘。どう見られたって知るものか――
あの日、颯爽と現れた”小犬”に噛みつかれるまで、オレは本気でそう思っていた。
なんちゃって古文?昔の新聞小説のノリです。