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アルフォード王国物語

婚約者の弟から茶番断罪されたと思ったら、婚約者にまで断罪されました。ほんとやめて。こんな断罪ひどすぎる!〜愛ある断罪〜

作者: あきら

公爵令嬢のベルは、ひとつ年上のアルフォード王国第一王子であるウィリアムと婚約している。しかし、卒業パーティーの日、ウィリアムの弟の第二王子、ジョナサン王子から恋人をいじめたと断罪されてしまう。しまいには、駆けつけた婚約者ウィリアムからまで断罪され…。ほんとやめて。私はこんな断罪は望んでいませんわ!!


愛のある断罪。ある意味公開処刑。

ほのぼの甘やかしなハッピーエンドストーリー。


お名前ちょっと変更しました。


「ベル様、ひどいです!お願いです。これ以上私を貶めることはやめてください!」

 本日、王立魔術学院の卒業パーティーの衆人環視の元、それは起こった。

 悲痛な声でそう訴えてきた、マリア・マルベール伯爵令嬢に、ベルは顳顬を押さえるより他なかった。最近自慢のプラチナの髪も萎れてしまっている気がする。マリア・マルベールがこの王立魔術学院にやってきて早半年だが、この半年でベルの胃痛と頭痛はどんどん増し、すでに限界を訴えている。

「いくら、私がジョナサン様に大事にされてしまったからって、こんな、非道な扱いはあんまりです!」

 桃色の髪を揺らしながら、マリアのグリーンの大きな瞳には涙まで浮かんでいるが、それが本物の涙とは、ベルにはどうしても思えなかった。

「マリアさん、私はあなたに非道な行いをした覚えはありません。貴族令嬢としての良識を説いていただけです。どうか落ち着いてください」

「見苦しいぞ!ベル!私の愛しいマリアをいじめていたお前を私は許さない!!断罪は免れないと思え!」

「……」

 マリアを諌めようとした矢先、面倒くさい横槍が入り、ベルは瞠目する。

「ジョナサン様」

 ジョナサン・ロイ・アルフォード。彼はこのアルフォード王国の第二王子だ。

「このことは兄上に報告させてもらう!お前は普段から兄上に叱りつけられてばかりで、目もかけられていないからな!婚約破棄も免れないと思え!どうせ私たちの真実の愛が羨ましかったのだろうが、憐れだ。当然私からの擁護も今後は無いものと思ってもらおう!」

「……」

 もはや二の句も告げられない。ベルは思わず歪みそうになる表情を必死に耐えた。そう、ベルはこの国の第一王子、ウィリアム・ロイ・アルフォード王子の婚約者だ。そして、今ジョナサン王子が言ったように、1つ年上で優秀なウィリアム王子に叱られてばかりの婚約者として有名である。

 しかし、ジョナサンが言っていることは全く以て確かなことではない。まず、この二人を羨ましいと思うだなんてことは当然だがあり得ない。真実の愛?これが?と鼻で笑ってやりたいくらいだ。それに、人望のないジョナサンからの擁護なんてあってないようなものだ。むしろ鬱陶しいことこの上なかった。何を偉そうにふんぞり返って宣言しているのだろうか、この男は。内心悪態を吐きつつも、ベルは必死に告げる。

「マリアさん、ジョナサン殿下。お願いです。少し私の話を冷静に聞いてくださいませんか。このままでは取り返しのつかないことになりますわ」

「もうすでに、お前の方が取り返しのつかない事態になっている!私からの寵愛を笠に着て、マリアをいじめたのは本当に残念だ!お前がそのような悪女だったとは見損なった!兄上に捨てられた後には私が拾ってやろうと思っていたのに、嫉妬に駆られて、バカをやったな!」

 問題発言の連呼に、ベルの頬はさすがにひくひくと小さく引き攣ってしまったが、どうにか耐える。

 嫉妬と言っただろうか?はて、ベルが嫉妬するようなことがこの半年で起こったと本気でこの王子は思っているのだろうか。もはや王子としては絶望的に人を見る目のなさを露見させながら、ジョナサンは続けた。

「お前は、我が愛しのマリアを害した罪で、修道院送りにしてくれる!!覚悟しろ」

「…申し訳ありません」

 ベルは思わずそう口走った。ベルの口から漸く出た謝罪の言葉に、ジョナサンとマリアの顔に悦が滲む。だが、ベルは悲しみに満ちた声音で別の相手の名を口にした。

「申し訳ありません、ソフィア叔母さま。やはり私にも無理でしたわ」

「なっ、ま、また!!あなたお義母様の差金で、私をいじめていたのよね!本当にひどいわ!」

 ソフィアとは、ベルの父の妹、叔母に当たる存在だ。半年前、そんな叔母からベルは泣きつかれたのだ。

『ベル、お願い、助けてちょうだい。あの娘の教育はもう私では無理よ!!』

 今年、30歳になる叔母は、けれど童顔相まって未だに可憐な少女のような印象を受ける。そんな彼女の涙にベルはめっぽう弱かった。ちなみに彼女の2つ年上の夫である、レオナルド・ロイ・マルベール伯爵も妻の涙に弱く、普段は精悍な顔つきを崩すことない伯爵が青ざめてベルの父である義兄に頭を下げて頼み込んでいたのも大きい。

 要は、二人揃って、養女になったこのマリアの貴族教育の厳しさに心が折れ、同じ王立学院に通わせるからと、王妃教育も完璧に終えているベルに彼女のことを頼みに来たのである。その旨をマリアにはよく話していたのに、結局この半年の間聞く耳を持たなかった。

 マリア・マルベールは昨年まで、王都内とはいえ、庶民の家で、母と二人で暮らしていた。母は食堂で働いており、慎ましくも安定した暮らしを送っていたようだ。彼女は母の働く食堂で時々手伝いをしながら、男を引っ…、男友達に囲まれ幸せに暮らしていた。しかし、突如母が病気で急逝する。死の間際に母から、父親は、マルベール伯爵であると知らされ、マリアは母が父親からもらったというロケットを手に、マルベール伯爵家を訪れたのだ。

 マリアの急な訪問に、ソフィア伯爵夫人は、真っ青になり夫に詰め寄ったが、夫のレオナルドは全く見当もつかず、よくよくロケットを確認して、先代である義父のものだとわかり、離婚の危機は避けられたらしい。先代マルベール伯爵は田舎の領地で今もお盛んだという。

 とはいえ、身寄りのなくなった16の少女に、父親はもう60過ぎの高齢で、田舎で暮らしているから、君もそこへ行きなさいと突き放すのも忍びない。レオナルドとソフィアの夫妻は、自分たちの屋敷で面倒を見ようかと、マリアを伯爵邸に住まわせてみた。だが、貴族になりたいという割に、碌に勉学にも励まず、レッスンも拒否ばかりするマリアに匙を投げたのだ。

 あの二人でだめだったのだ。いくら王立魔術学院に通わせて、寮にも入れたところで、やはり、ベルにも荷が重かった。

 故に事態は最悪の展開を迎えている。

「マリアさん、あなた、本当に話を聞きませんのね…。いじめていませんわ。あなたの令嬢としての教育を叔母から頼まれていますと何度も申しましたわ。けれど、もう断言致しますわ。あなたが貴族令嬢の嗜みを身につけることは、難しいですわ」

 宣告したベルに、マリアが両手で顔を覆った。

「ひどい……っ!!いつも、こう!!言いがかりばかりつけて!ジョナサン様!」

「この後に及んで、まだマリアを貶めるとは、お前はなんて酷い女なんだ!!」

 泣きついてきたマリアを嬉しげに腕に抱えながら、ジョナサンが激昂するのに、ベルは鼻白む。

「ジョナサン殿下。目をお覚まし下さい。その娘は、貴族にあるまじき行為の数々を平気で行った上に、反省もせず、助言も聞かないのですよ。最後の機会です。今すぐその娘から離れることです。でないと、あなた、破滅しますわよ」

 ここまではっきり言わねばならないとは、なんとも度し難い。これは、本当に最終通告だった。これだけのギャラリーの前でよくもまあこんなにも恥を晒せるものだと、ベルは憐れんだ目で、二人を見やる。遠巻きに見守る学院の生徒たちも、あまりの茶番劇にみんな呆けてしまっている。当の本人たちは、公爵令嬢で第一王子の婚約者でもあるベルの断罪に皆驚いて固まっているとでも思っているのだろうが。

「破滅するのはお前の方だ!」

 はっきりと言い渡すジョナサンは、自らの正しさを疑いもしないようだ。ベルは完全に諦めた。その時、ホールの扉が乱暴に音を立てて開かれる。

 バンっ!と勢いよく開け放たれた扉から堂々とした姿で入ってきたのは、件の第一王子だった。遠巻きに静かにしていた生徒たちが一気にざわめく。

 先程からベルに対してひどい物言いを喚き散らしている第二王子のジョナサンは、頭は残念だが、容姿は金髪碧眼で甘いマスクと言われるような顔立ちをしており、いかにも王子様然としている。一方、第一王子のウィリアムは、精悍な顔立ちをしており、黒髪に紫の瞳を湛えた美青年だ。柔和なジョナサンとは反対に、常に顰めっ面をしているせいもあり、とても厳しい印象を与える。座学も武術も優秀なウィリアムは、学院時代から国政に関わり権威を振るっていたせいもあり、裏ではすでに影の国王などと呼ばれている。父王は現役なので堂々と呼んだら不敬罪だが。

 つまり容姿も中身も正反対のような兄弟なのである。

「兄上!!ちょうどいいところに!!今、ベルを断罪していたところです!この女を、ひっ捕らえてください!衛兵!早くしろ!!」

 兄の登場にジョナサンが嬉々として叫ぶが、衛兵は戸惑うばかりで動きはしない。一方、ウィリアムの方はその長い足を止めることなく、スタスタとベルのところまで一直線に歩いてくる。

「まあ、ウィリアム殿下まで私のためにいらしてくださったのですね。嬉しい。これで私、やっと安心できます」

 マリアが目尻を押さえて微笑む。可愛らしい仕草だが、生憎、酷く怒った様子のウィリアムは見ていないようだ。

「ベル!」

「殿下…」

 怒声で呼ばれて、ベルは慌ててカーテシーをとる。去年ここを卒業したウィリアムではあるが、弟と婚約者の卒業ともあって、今回のパーティーに一応招待はされていた。しかし、日々公務に追われている彼はとても忙しく、今宵も会議だったり外賓との会合だったりとスケジュールが詰まっていたため、ここには来ない筈だった。つまり、この事態を伝え聞いて、駆けつけたに他ならない。

 なんということだ。これはまずいかもしれない。ベルは初めて焦りを見せた。ジョナサン王子の相手は、まあ疲れるがそれほど、大変ではない。しかし、こうなったこの婚約者の相手は、少々骨が折れるのだ。

「どういうことだ!」

 怒鳴りつけられて、ベルの肩が跳ねる。ちらりと見えた、ジョナサンとマリアはニマニマと嫌な笑みを浮かべていた。

「申し訳ありません、殿下。お忙しい御身であられますのに、このようにお手を煩わせる事態となってしまい」

「お前はいつもいつもそうだ!」

「……」

「私はどれだけ、お前に言った?約束は守れ!」

「………」

「本当に毎回毎回、お前のせいで私は、どれほど心労を抱えればいいのか!」

 公衆の面前でこんな風に怒鳴られるのは初めてではない。ウィリアムは、いつも顰めっ面で、何かとベルに向かって苦言を並べる。ベルはそれを静かに受け止めて、首を垂れる。そうしてやり過ごすのが一番だと心得ている。そうでないと彼は、ベルとの約束を反故にして大声で言ってはならないことを言いかねない。

 そう、いつもならこれでうまくいっていたのだ。なのに、今回はバカ王子がとんでもない横槍を入れてくれた。

「兄上、この女は、兄上から嫌われているのを慰めていた私に懸想し、あまつさえ、私がマリアを愛してると知ると、彼女に嫌がらせをし、貶めたのです!とんでもない悪女です!こんな女とは婚約破棄をして、さっさと修道院に送りましょう!それが兄上のためです!」

 瞬間、会場の空気が一気に冷えた。

 冷気の源は明らかにウィリアム王子であった。

「あ、兄上?」

さすがに、こればかりは感じ取れたのかジョナサン王子が初めてたじろぐ。

「今、お前はなんと言ったのだ?」

「え、あ、で、ですから、その悪女を修道院に…ひっ!?」

「ふむ。面白いことをたくさん言ってくれる」

 腕を組んだウィリアムは、片方の口角を上げる。が、目はまったく笑っていない。

「で、殿下…!」

「お前は黙っていろ!!」

 慌ててウィリアムを呼んだベルに、ここ一番の怒号が飛んだ。ダメだ。完全にキレている。ベルは諦めた。

「お前、ベルが何をしたと言った?」

「で、ですから、私の大切なマリアに嫌がらせを」

「どのような?」

「あ、わ、私、ベル様に、学習用具を破かれ捨てられましたわ!それに、事ある毎に私に言いがかりをつけて蔑んでくるのです!しまいには、昨日の放課後、階段から突き飛ばされて!見てください、この傷を」

 ドレスをたくし上げて膝を見せるという、また淑女にあるまじき行為をするマリアに、観衆も思わず目を逸らしている。ウィリアムはふんっと鼻を鳴らした。

「証拠は?」

「え?」

「ベルがそのようなことをしたという証拠は?証人は?まさかそれもなく断罪しているわけではあるまいな?」

 怒りに燃えた目で、マリアを真っ直ぐに射抜くウィリアムに、慌ててジョナサンが助けに入る。

「ま、マリアがそのように言っているのです!被害者の訴えが何よりの証拠であり、証言です!!」

「話にならんな。自作自演でない証拠がないではないか。愚かな」

 呆れ返ったウィリアムの言葉に、ジョナサンとマリアは、呆気に取られて固まっている。当然の話をしているだけなのに、二人の中ではあまりに予想外だったらしく、ジョナサンはまたもボロを出していく。

「あ、兄上は、ベルを嫌っているではないですか!!嫌う女との婚約を破棄するチャンスではないですか!」

「なるほど、俺がベルを嫌っているから、この騒ぎに俺が協力すると見越していたと。お前は本当にどうしようもないバカだったのだな」

 はああ、とホール中に響くほどの溜息をウィリアムが落とし、それから、ベルを睨む。

「ベル。もういい加減にしたらどうだ?」

「いやです。ダメです」

 焦りすぎて、ベルの語彙の方が先に崩壊していた。

「まったく、ここまできて、まだ我儘を言うのか。なら先にジョナサン。お前からにしよう。先程、お前の除籍が決まった」

 さらりと、とんでもないことを言い渡してきた兄に、ジョナサンはこれでもかと目を見開き叫んだ。

「へ?は、はああああああ???な、なんで、なんでそうなるのですか!?悪いのはベルで」

「気安く俺の婚約者の名を呼ぶな」

「……っ!」

「ウィリアム様っ、そんな!ジョナサン様は、あなたのことも思って、ベル様にこのように話をしたのです!!それを、そんな!」

「貴様、何処の馬の骨とも知らん分際で、俺の名まで勝手に呼ぶとはとんだ阿呆だな。聞いていた以上だ」

「なっ!?」

 マリアの同情を誘うような声をすげなく振り払い、ウィリアムは横に控えていた側近を呼びつけた。

「カイル!」

「はっ!」

「ジョナサン・ロイ・アルファード並びに、マリア・サマンサの罪状を、バカな二人にもわかるように読み上げろ」

「はい!」

「ま、ま、お待ちください!私はサマンサではなくマルベール」

「いや、お前はサマンサだ。マルベール伯爵は、お前をまだ正式に養子にしてはいない。最初に説明されていた筈だ。貴族教育を修了し、王立魔術学院を無事卒業できたら正式な養子縁組を行うと。お前はこの騒動で卒業資格を剥奪されるから、条件を満たせずマルベール伯爵令嬢とは認められない。よって、ただの平民マリア・サマンサだ」

「は、は、はああああ?そ、そんな、私は何もしてない!悪いのはその女」

「おい、それ以上、俺の婚約者を愚弄するなら、その舌、切って捨てるぞ」

「ひっ!!」

 完全に目が据わっているウィリアムに、流石にベルはもう一度手を伸ばした。

「殿下…」

「言っておくが、俺は今、お前の話を聞く気はない」

 取りつく島もない様子に、ベルは肩を竦める。

「では、読み上げます。まず、マリア・サマンサ。王家の影が全て証拠を提出しています。まず、自ら自身の教科書、ノートを破きゴミ箱に捨てた物を、ベル・ユリ・ウォートン公爵令嬢が行ったと虚偽の噂を広めた」

「なっ!?」

「う、嘘じゃないわ!」

「最後まで黙って聞いていろ」

「「ひっ!」」

 二人が喚くと、すかさずウィリアムが怒号を浴びせる。

「また、ウォートン公爵令嬢がマリア・サマンサの仮の養母であったソフィア・マルベール伯爵夫人からの依頼で、マリア・サマンサに対し貴族教育を行っていたにも関わらず、その言を、嫌がらせであると訴え、いじめであると虚偽の噂を広めていました。例として、廊下を走る行為を諌めたのを、進路を塞ぐ嫌がらせと訴える。大声で食堂で話しながら食事をしているのを諌めたら、大勢の前で辱めを受けたと訴える。婚約者のいる男子生徒と二人っきりで食事を摂ったり、頻繁なボディタッチをする行為を諫めたところ、友人との交流を邪魔したと訴える」

「え、あれは男とのことだったのか??」

「ち、ちがうわ!誤解よ!」

「黙ってろ!」

「「ひっ!!」」

「その膝の傷ですが、昨日、校舎裏でダルシアン男爵令息と睦み合った際にできた擦過傷ですが、それを先程からベル・ユリ・ウォートン公爵令嬢に階段で突き飛ばされたと虚偽の訴えを繰り返しています。そもそも階段から落ちたのに膝を擦りむくだけというのはおかしな話です。プッ」

「カイル…」

 淡々と読み上げていたはずの侍従が堪え切れずに吹き出したのに、ウィリアムは目を細める。

「あ、あ、あ……」

「ま、マリア、そんな、う、嘘だろ??」

 狼狽えて、口を抑えるマリアに、信じられないという顔で彼女を見つめるジョナサンだが、もはや聞いている周りはくすくすと笑い声を漏らし始めている。

「ジョナサン殿下。マリア・サマンサの行動はこの半年、影が必ず複数人で監視しておりました。影は王家に忠誠を誓っており、今回の件は、ウィリアム殿下ならびに国王陛下より、諾をいただいています故、この報告を疑うということは、陛下ならびにウィリアム殿下への異議と見做されますので、慎重に発言なさってください」

「……っ!?」

「バカでもわかるようにとは言ったがそこまで親切に説明せんでよかったものを」

「これはこれは、読み違えいたしました。申し訳ありません」

「そういうわけだから、その女は貴族でもなんでもない、我が婚約者を虚偽の噂で散々貶めた罪人だ。マルベール家の調査から、前伯爵の血が実際には流れていないことも3ヶ月前には発覚している。マリアが生まれたのは、母親が伯爵家から去ってから2年後のことだそうだ。母親は伯爵家を去ってすぐ、子を流してしまったという情報があり、それが伯爵との子であろうと」

「嘘、嘘よ!!」

 マリアは泣き崩れた。今度は演技ではなさそうだ。

「生憎、俺は正直者で、裏もちゃんと取っている、お前らとは違ってな」

 カイルから受け取った証拠の書類をパシパシと手で叩いて見せながら、ウィリアムはさらに続けた。

「ジョナサン、その女狐に騙され、我が婚約者を貶めた不敬により、お前は除籍だ。父上からも止む無しの返事を頂いている。よかったな。王家の一員でなくなったから、むしろその女と結婚しやすくなるだろう」

「あ、あ…、そんな、そんなっ!」

 ジョナサンが膝から崩れ落ちる。隣のマリアを励ます余裕などないし、マリアの方もジョナサンを構う余裕などない。真実の愛とはなんなのだろうか。ベルは遠い目になる。

 いや、しかし、二人のことより今は己を気にするべきだろう。

「さてと、最後に、ベル!!お前だ」

「……はい」

 ほら、来た。今までも何度も怒らせてはいるが、今回ばかりは、誤魔化せなさそうだ。

「先程、ジョナサンが面白い、いや、全く以て不愉快なことを述べていた!さっきも言ったが、俺は嘘つきではない。むしろ正直な質だ」

「ええ」

「今回ばかりは許さん」

「はい」

 ベルは今日何度目かの諦めを持った。覚悟も。

「このまま、ここにいる未来の貴族当主たちを前に、真実を示せ。ベル・ユリ・ウォートン公爵令嬢」

「殿下の、御心のままに」

 やっとバカな第二王子から、公爵令嬢への断罪が収まったと思った矢先に、今度は婚約者である第一王子からの断罪。生徒たちは、騒がしい心臓と裏腹にシーンと静まり返って事の次第を見守るに徹した。

「お前は、俺に嫌われていると、あのバカが大声で喚いていたな。それは誠か?」

 ウィリアムの問いに、じっと耐えるような表情をした後、徐にベルは口を開いた。

「…いいえ、誠ではありません」

 さっきにも増して静まり返るホール。みな一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませている。

「お前が、あのバカに懸想していると」

「そんなわけありませんわ。あんな頭の足りない人を好きになるなんて、あり得ません」

 この質問には、ウィリアムが言い終わる前に、早口でベルは答えた。ジョナサンが、わああああと泣き出し煩くしたために、衛兵に口を塞がれた。

「最後だ。バカで愚かな元王子が、お前と婚約破棄をした方が俺のためだと言ったが、お前はどう考えている?」

「………」

「ベル、いい加減にしろ。言っただろう。今回ばかりは許さんと」

「私は、……」

 ベルはふるふると震える。そして真っ赤な顔になりながら、精一杯言葉を紡いだ。

「私以上に、ウィリアム殿下を支え、尽くし、幸せにすることができる者がいるとは思いません…っ。あなたは、私と婚約し続け、私を花嫁に迎えるべきだと考えます…っ」

 言い切った。必死に。顔中を真っ赤にして泣きそうなベルに対し、ウィリアムは「ふむ」と頷き、それからしばしの間をもって、ベルに言葉をかけた。

「私もそう考えている。ベル、約束の一言がまだないな」

 視線で促されて、ベルはぎゅっと歯を食いしばった。それから、どうにかこうにか口を開いた。

「あ、…愛しています!ウィル!」

 やけっぱちのように叫んだベルに、これでもかと厳しかった顔を、ウィリアムは少年のように破顔させた。

「ああ。私も愛している。ベル、おいで。よく頑張ったな」

 広げられた両手に、ベルは飛び込む。思っていた以上に、気が張り詰めていたらしい。いつの間にか泣いていたのを、隠すように強く抱きしめられて、ベルはウィリアムの腕の中でしゃくり上げた。

 ああ、なんてはしたない。けれどここはもう全てウィルのせいにしてしまおう。幸い、周囲からの大歓声のお陰で嗚咽は皆には聴こえていないはずだ。愛しい婚約者以外には。








「ひどいです。ウィル。あんな大勢の人の前で、あんなことを言わせるなんて」

「ふふ。すまない」

 卒業パーティーから数日。王太子の私室で、ウィリアムとベルはティータイムを過ごしていた。あれからジョナサンは、除籍となり、辺境の地へと送られた。マリアも一緒についていくように言われていたが、田舎が嫌だったのか、彼女はジョナサンとは行かず、王都下町の食堂に戻ったという。そこで、何やら罰を受けることになったらしいが詳しいことはベルは知らない。

「全然すまなそうではありませんわ!」

 あの後、周囲からの生暖かい目がずっと続いているベルは、頬を染めながら、もう何度目かになる文句をウィリアムにぶつけている。だが、ウィリアムはいつもどこ吹く風だ。

「ああ、まったく思ってないからな。寧ろ俺はよく耐えたと、自分を褒めたい。お前の我儘に3年も耐えた。こんなに優しい婚約者は早々いない。そう思わないか?」

「…それは、その通りです、けど」

 むすっと明らかに拗ねた顔をするベルに、思わずウィリアムはまた笑みを溢した。

 そもそも、ウィリアムは、いくら怒っていようとこの可愛らしい婚約者を恫喝するような性格はしていないのだ、本来。

『ウィル。人前で私を甘やかさないでください!これでは未来の国王と王妃としての威厳が保てませんわ!!』

 彼女が、王立魔術学院に入学する直前そんなことを訴えてきたのだ。

『別に甘やかしては』

『甘やかしですわ!いつも強面なあなたがニコニコしてるだけで周囲はびっくりしますわ!顔をもっと引き締めてください』

『無茶言うな。ベルを見ているのに、強面になどなれん』

『そういう発言ですわ!それが甘やかしです!!』

『……善処する』

 そうは言ったものの、王立魔術学院にベルが一年下の学年に入学してくれば、学院内で顔を合わせる。笑わないように意識すればいつも以上に顰めっ面になるし、甘くならないように話しかけると、口調が命令口調なので、声を硬くするとほとんど叱りつけるような形になってしまった。

『ごぎけんよう。殿下』

『なんだ、その挨拶は。もっと、自然にできないのか(そこまでよそよそしくする必要があるのか?)』

『すみません。殿下は、次は飛行術の授業なのですね。私も早く受けてみたいです』

『お前にはまだ早い(危険も伴う)』

『食事はもうお摂りになりましたか?』 

『まだだが、まさか、一緒に食べる気か?(絶対笑うぞ)』

『すみません、やはり、別がいいですよね』

『そうしろ』

 そんな態度を取り続けていれば、当たり前、周囲はウィリアムがベルを嫌っていると思うわけで、誤解はどんどん広がっていった。そのことについて、ベルは

『必要以上に近づかなくて済むから、殿下の威厳を保ちやすいですね!』

と喜んでいた。

 ウィリアムとしては、せっかくの一緒の学園生活を楽しみたかったのだが、ベルのしたいようにしてやりたいという思いが勝って、噂を放置した。

 ウィリアムもベルも、周りが自分たちの恋模様をどう見るかに関心を持つタイプではなく、お互いがお互いのことを、どう思ってるかさえ分かっていればそれでよかった。幼い頃から婚約し、共に厳しい王太子教育、王妃教育を乗り越えてきた二人は、互いに深く信頼し合っていた。

 けれど、ウィリアムが卒業してから状況が少し変わった。ジョナサン第二王子が、ベルにちょっかいをかけるようになった。側室の子であり、兄に対しライバル意識が強く、コンプレックスもあるジョナサンは、ウィリアムに蔑ろにされているベルに同族意識みたいなものを持っていた。それがどうも、兄が婚約破棄した際には自分が貰ってやろうという思考にまでなったらしく、ベルは辟易していた。ウィリアムとしては、あまりに馬鹿な思考回路に呆れ返ると共に、前々からあったジョナサンの除籍の話を、これを機に進めようとすぐに決心した。

 実はジョナサンの母親であるアビゲイル・ターナーは、軍部を牛耳るターナー伯爵の末娘で、ウィリアムの母であるカミラ王妃の生家のホフマン伯爵家と対立する立場にあり、虎視眈々とジョナサンの王位継承権を第一位にするために画策をしていた。バランスは大事だが、いい加減誤魔化せないほど、王宮内できな臭い動きをしているターナー側に、国王も頭を痛めていた。ジョナサンを除籍する脈はまだなく、なんらかの徹底的な理由が必要だった。

 そんな折、卒業まであと半年という頃に、マリアが王立魔術学院に編入してきた。これは実はマリアにとって最後のチャンス、貴族社会に溶け込めるかのテストであったのだが、本人はまったくわかっていなかったようだ。教育係をお願いされてしまったベルの心労はかなりのもので、休みの度にベルはウィリアムの元で、へこたれていた。

『もう無理かもしれません』

『そうだな、早く諦めるといい。大丈夫だ、俺が何とかする』

『でも、叔母が悲しむのは嫌なんです』

『一度引き取ろうとした娘だからな、マルベール伯爵夫人は気にするかもな』

『はあ。ウィル、慰めてください』

『ああ、おいで』

 二人っきりになれば、ベルはいくらでもウィリアムに甘えてくれる。こういったところがウィリアムをひどく、甘やかし体質にしたのに、ベルはわかっていない。

『ベル、私はお前が一番大切なんだ。だから、もうそろそろ皆にはっきり伝えたい』

『でも、威厳が』

『そんなことで威厳は無くならない。むしろお前は照れてるだけだろう。いざその時が来たら、ちゃんとお前からも愛してると言ってくれ』

『やです。恥ずかしい』

『約束だ』

『……意地悪ですわ』

 そんなやりとりを繰り返していた。

 マリアもジョナサンも隙だらけだったこともあり、着々と二人を失脚させる証拠の数々は集まってきた。あとはタイミングだった。

 明らかにベルに対して害意を持ち始めていたマリアの様子に、ウィリアムはひどく心配してもいた。一刻も早く断罪を始めようと言ったが、ベルは、『せめて卒業までは待ってあげましょう』と言った。一応片や腹違いとはいえ、弟。片や血縁はないとはいえ、従姉妹のような存在だ。何かあれば、学園に忍ばせている影にすぐに伝え、自分を呼ぶようにとウィリアムはベルに言い聞かせ、彼女の意思を飲んだ。

 だが、今回、彼女はウィリアムを呼ばなかった。最後まで自分で対処しようとし、結局影からの独断での報告を受けたウィリアムはギリギリで駆けつけることになってしまった。おかげで、焦りからいつも以上にベルにきつくあたるような口調になった。

「心配した」

 ぷんすかしていた恋人の腕を引いて、ウィリアムはその細腰を引っ張り自らの膝の上に乗せる。二人っきりの時には素直な彼女は、腕の中に大人しく収まる。その頭を撫でながら、心底よかったとウィリアムは嘆息する。

「…はい、本当にすみません。わたしのせいで、結局あの二人もあんな大勢の場で裁くような形になってしまいましたわね」

 まあ、それはそうだが、ウィリアムは、基本的にベルのすることを否定はしない。甘かったとは思うが、ああいう人間にも慈悲深いベルは良き国母となるだろうとすら思う。切り時を決めるのは自分が担えば良いことで、今回それを誤ったのはウィリアムの方だとも思う。

 だからどうか落ち込まないでほしいと、頬を擦る。

「お前は本当に優しいな。むしろあの状況での断罪返しには、俺はだいぶスカッとしたが」

 そう青の瞳を覗き込めば、ベルは少し驚いたように目を見開いて、それからふふっと笑みを溢した。

「…それは、実は、私もです。ふふ」

「くくく。それに、これからは堂々とお前を人前で愛でられるな」

 何よりもすっきりしたのはそれだ。ウィリアムがそう言ってぽんぽんと頭を撫でると、しかし、ベルは途端に笑顔を引っ込めた。

「ウィル。だめよ。これからも、その顔、他の人の前でしないでください」

「な!?もういいだろう。もう俺がお前を溺愛していることは今回はっきりと示したのだから」

「そうじゃないわ!そうじゃないの」

「ん?」

「あなたのそんな笑顔を、周りが知ったら余計に人気が出てしまうじゃない。私、嫉妬でおかしくなって、本当に悪女になってしまいますわ!」

 とことん拗ねた表情で、真面目に言い切った彼女に、ウィリアムは数秒呆けた後、盛大に笑い転げた。

「ちょ、笑い事ではありませんわ!!」

「くくくく、お前は本当、大した悪女になるだろうよ。ははは」

「また、バカにして!!」

 そんな二人の様子を実はずっと脇で見守っていたウィリアムの側近カイルは、菩薩のような表情で呟いた。

「さっさと結婚しちまえ。バカップルめ」

 あと何度、このラブラブなやりとりを見せられるのだろうか。きっと一生かもしれない。カイルはそろそろ悟りを開きそうである。

お読みくださり、ありがとうございました。

よければ、ブクマ評価よろしくお願いします。


初めて王国物に手を出してみました。貴族分からん。キャラクター作るの楽しい…。

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[良い点] 読後感書こうとしたらなぜか口の中が甘いジャリジャリになっていたんだぜ
[一言] カイルさんに幸あれ(。>ω<。)ノ
[一言] 面白かったです、が、主人公達は単なるラブラブ甘々のバカップルでしたか。 実態を知っている人達は、毎度砂糖を吐く苦行を強いられているのでしょうね。
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