1 佐々木武蒼
佐々木武蒼は練習が終わった後、いつも通りに竹刀をただひたすらに振り続けていた。
一振一振する度に汗が滴り落ち、いつの間にか床には小さい水溜まりが出来ている。
彼は、決して才が無いわけではない。むしろ才能の塊と世間から注目を浴び、取材されることだって日常茶飯事だ。
全国高等学校剣道選抜大会では、高校1年の時から圧倒的な差で優勝を見せつけており、2年生の時ももちろん優勢。
今年も優勝は確実だろうと言われている。
他の選手も「俺だって!」と奮起し練習するのだが、それは無知故の発言。
もしも武蒼の師匠の名を知っているのなら、勝つことを諦める事が至って普通の事なのである。
その師匠の名は佐々木勇次郎。
かの偉人、佐々木小次郎の末裔であり、現在日本の中で最強の剣士と謳われている男。
弟子を取らないで有名の勇次郎が唯一取った弟子、それが武蒼であった。
そして武蒼は全国大会優勝なんてちっぽけな目標ではなく、身近にいる『最強』と言える存在を超える為に竹刀を振り続けていた。
「おいおい、まだ自分を追い込んでんのか?……お茶を持ってきた、一休みしねぇーか?」
そう言いながら道場の入口から見える者、それが武蒼の目標である勇次郎だ。
パッと見た感じ裏社会で生きてそうな、そんな身なりをしている。オールバックの黒髪にちょび髭、そして額にある切り傷が極道感を尚更際立たせる。
そしてこの男に武蒼はまだ、1度も勝ったことがない。
「あ、親父。……ありがと、少しだけ頂くよ」
「お前の好きなみたらし団子だ。どれどれ、俺も少し頂くとするかね」
ベンチに椅子をかけると勇次郎はお茶を啜り始めた。勇次郎が武蒼にしか見せない、1人の育て親としての顔。
気難しい頑固オヤジのレッテルを貼りつけているマスコミがこの素顔を知ったら、大騒ぎ間違いなしだろう。
武蒼も髪と汗に濡れた体を軽く拭き取り、勇次郎の元の横に座った。
「ふぅ、やっぱ茶は緑茶に限るよなぁ……ところで武蒼、これを食い終わったら今日も1戦やらねぇーか?」
「え、いいの!?よし、今日こそは勝ってやる……」
「はっ、勝てたらいいなぁ。勝てたら、な?それじゃ俺は少し体を動かすとするか」
勇次郎は茶を一気にの飲み干すと席を立ち、自分の竹刀の元へと向かった。
そして剣を握った瞬間、勇次郎の空気が変わる。
剣を持った勇次郎の雰囲気には、未だに武蒼も慣れずに鳥肌を立たせるほどだ。
そして、勇次郎に奮起されたかのように武蒼もお茶を飲み干し、立ち上がった。
「お師匠様……お手合わせお願い致します」
「よかろう」
結果はいつもと変わらず、勇次郎の圧勝だった。
いくつもの勇士を沈めてきた武蒼の剣先は、勇次郎に触れることさえ許されず、勇次郎の一振で勝敗がついたのだ。
「んーまだまだひよっこだなぁ。んでも、お前の剣さばきは確実に良くなっては来てる。まぁ、この調子で頑張んな」
「ありがとうございます、お師匠さま。……少し夜風に吹かれながら素振りでもしてきます」
そう言って武蒼は外へと出て行った。
1人道場に残された勇次郎は
「武蒼、お前がうちの道場に捨てられていた時、拾うか迷ったが正解だったな……お前ほどの剣を才を見れて、育てられて俺は幸せだよ」
そうボヤくと、勇次郎は道場にある神壇の書物に手を取り、被っているホコリを落としてからページをめくった。
「佐々木小次郎に送る。宮本武蔵より」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
武蒼は竹林の中、自分に足りないものを考えながら素振りをしていた。
考えても考えても一向に出てきそうに無い答えにイラつきを隠せない。
勇次郎は『良くなっている』と言っていたが、差が縮まってないことを1番理解しているのは武蒼だった。
武蒼は素振りしている手を止め、
「はぁ……」
と、大きく息をもらした。
「それにしても今日は綺麗な満月だな……」
空を見上げると絵本に出てくるような綺麗な満月が武蒼を照らしている。
そんな満月に少しの間見蕩れていた次の瞬間。
いきなり現れた眩しい光が、武蒼の視界を奪い去った。
「な、なんだ!?」
目くらましを食らった武蒼はとりあえずしゃがみ、低く構える。
そんな時、
(お願い……私達2人の願いを……)
武蒼は確かに声を聞いた、可愛らしい女性の声を 。そして、どこかで聞いた事のある懐かしい声を。
そして、少ししてから光が収まるのを瞼越しに感じた。
ゆっくりと目を開くと……
「え……?」
そこは先程まで居た道場の竹林ではなく、全く知らない空間に移動していた。
読んで頂きありがとうございます!
本日2回目の投稿です!
宜しければブクマ、評価、コメントの方をお願いします!┏○ペコッ