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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
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8 退去命令

 二日後。王都から早馬はやうまが遣わされ、調査隊に退去命令が下った。遺跡からただちに退去するよう指示されたのだ。


「魔法院の封筒だな」


 一時的にウィリアム・クロイドンの体に憑依ひょういしているイーサンは、調査隊が受け取った封書に注目した。


「イーサン、魔法院のこと知ってるの?」


 荷物をまとめながらエルシーは、不機嫌そうなイーサンに質問する。


「俺を神の足跡あしあと山脈によこしたのは魔法院の狸ジジイたちだからな」

「もう、ちょっと口に気をつけて!」


 あまり乱暴な言動が目立つと不審に思われる。イーサンがウィルの体に憑依していることを知っているのはエルシーだけだ。

 盗賊の襲撃で動揺している仲間たちを、さらに混乱させるわけにはいかない。研究者や学者の探求心は強くても、自分の許容を越える事実を受け入れられない場合がある。

 例えば龍の生存、魔法院の隠蔽いんぺい体質、龍と共に封印されていた魔法使い。イーサンの言葉を借りれば「真っ向から否定される」可能性が高いという。

 エルシーも彼の意見を完全に否定することはできなかった。


 ――テオなら、信じてくれるかも。


 テオとは、魔法院でも変人扱いされている魔法研究所の所長のことだ。エルシーやウィルの上司でもある。彼なら無理なく事態を飲み込めるかもしれない。


「とにかく、正体がバレそうな言動は慎んで!」


 調査隊の隊長は、村人と交渉して下山時に荷物を運んでもらえるよう手配を整えた。その際、物資の補給を担当していた村人たちが、盗賊の被害に遭っていたことを知った。納品書を持っていたのは、村人から本物を奪い取ったからだ。遺跡で捕らえた盗賊たちは、村の役人たちに引き渡された。


「本当にひどい人たちね」

「奪い取ることでしか生きられないやつらもいる。そいつらばかり責めても仕方がないけどな」


 達観たっかんしたイーサンの言葉にエルシーは反論した。


「あの盗賊たちをかばうの? もう少しでウィルは死ぬところだったのよ!」


 負傷したウィルの代わりにエルシーは訴えた。


「別にかばっちゃいない。真っ直ぐ生きられない人間もいるって話だよ。おまえにはわからないだろうがな」


 子どもにはわかるまいと見下された気がしてエルシーは唇をかんだ。


「あと、俺の体を粗末そまつに扱うなよ」

「それは私の台詞よ! ウィルの体を乱暴に扱ったら私が許さないから!」


 たんかを切ったエルシーに、イーサンは目を丸くした。それから感心したようにエルシーに妙な視線を当てる。


「私が許さない、か……」


 意味深な笑みを浮かべたイーサンに、エルシーは思わず目を背けた。


「テントの荷物をまとめてくる!」


 頬の熱を逃がすのにちょうどいい。

 イーサンを相手に延々とけんかをするわけにもいかない。不満を溜め込まないようにエルシーは自分のテントの中を片付けはじめた。


 ――人の神経を逆なでする人ね! 早くウィルの体から出ていけばいいのに。


 そうかと言って、今イーサンがウィルの肉体から離れてしまったら、ウィル自身がどうなるかわからない。

 ジレンマを感じてエルシーは小さくうなった。そして、チラリと毛布で覆われた塊を盗み見た。

 毛布や絨毯じゅうたんに包まれているのは、魔法使いイーサン・ブレイクの肉体である。

氷の封印から解かれた肉体は、仮死状態にあったため魂が戻っても定着しないというのがイーサンの言い分だった。

 夜中二人がかりで神殿から彼の体を運び出したのだ。

 覆いを一枚外すと、イーサンの黒髪と顔があらわになる。目を閉じているので目鼻立ちの良し悪しはわからない。だが、比較的整っているほうだろう。どんな瞳の色か気になるところだ。


「口を閉じていればましなのに」


 年齢は二十代前半くらいだろう。仮死状態にあったため顔は妙に青白い。これが健康的な肌色に戻ればいいのだが――。

 身に着けている魔法衣はぼろぼろに傷んでいたが、上等な仕立てだった。エルシーは魔法衣についての知識もある。王都に魔法衣を作れる店は限られているが、どの店とも縫製がちがう。

 また、エルシーには疑問が残っていた。


 ――どうして彼の夢を見たのかしら。


 なぜイーサンの名前が夢に出てきたのか。理由があるのかもわからない。


 ニャアアー


 特徴のある鳴き声にエルシーは振り返る。 

入り口で一匹の猫が体を縮こまらせて様子をうかがっていた。体全体の毛は鮮やかな金茶色で、尻尾の先端部分だけが白い。


「あら、ルーカス! 今日も来てくれたのね」


 一昨日前から見かけるようになった迷い猫である。エルシーはルーカスと名づけて、猫がやってくるたびに餌をあげていた。野生にしては人懐っこく、人間を見ても逃げようとしない。


 ニャッ


 ルーカスは前足を軽く上下に動かして何かを訴えているらしい。


「餌が欲しいの? 残り物のパンがあったはずだから、ちょっと待っててね」


 エルシーは食事の余ったパンを持ち出して猫の足元に置いてみた。猫はパンの匂いを嗅いでから軽くひとなめする。


「気に入った?」


 ニャウウゥゥ


 ひと鳴きした金茶色の猫は――ルーカスはパンを食べはじめた。


「おいしい?」


 返事の代わりに、猫はエルシーが与えたパンを平らげた。

 満足したのか、猫はエルシーの足にすり寄って喉を鳴らす。


 ――やっぱりどこかで飼われてたのかしら。


 猫はまたふらりとテントから出て行ってしまった。近いうちにエルシーたち調査隊は王都に帰る。研究所の宿舎では動物を飼うことが禁止されていた。


「連れて帰れたら……」


 猫が姿を消した茂みを見つめ、エルシーはため息をついた。



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