71 不良魔法使いと一緒に(第一章最終話)
走るのは苦手だが、エルシーは全速力でイーサンのいる中庭に駆けつけた。
「イーサン、それ! その魔法衣はどうしたの?」
「おまえが注文して、ハリソンのところで作らせたやつに決まってるだろ」
たしかに注文したのはエルシーだが、最近忙しすぎて作業の進捗状況も把握していなかった。それに、当初エルシーが注文した意匠の内容とちがう。
「その色でいいの?」
「ああ。仮縫いのときに、別の色で作ってもらうように頼んだ。思っていたより悪くないな」
染料が手に入らない紫紺に比べて、青玉色の生地はだいぶ明るい青だ。中庭の緑のなかでさえ目立っている。
イーサン自身がこの色を選んだというのだから、さらに驚いた。そこへ白い文様が描かれている。古代魔法文字で、縁起のいい古代文字を入れることが多い。
「ないものを嘆いていても仕方ない。すべて同じところからはじめる必要はないんだ」
魔法衣のことを言っているのか、別のことなのか、エルシーにはわからなかった。
一番大事なのは、イーサンが満足げな笑みを浮かべていることだ。
「ハリソンさんのところに魔法衣を取りに行ってたのね。てっきり――」
「おまえに殴られたことを根に持って、どこかでふて寝してると思ったのか?」
半分当たっていただけに、エルシーは反論できなかった。
「だって三日間も戻ってこないんだもの。前に魔法使いをやめるなんて言ってたから、どこかに行っちゃったのかと思った」
「今更やめられるかよ。魔法衣作ったばかりだからな」
軽く笑い飛ばされたのが癪で、エルシーは気になっていたことを質問してみた。
「じゃあ、この三日間どこに行ってたの?」
「なじみの店に顔を出してた。アンジェラの墓参りとか」
さりげなく散りばめられたアンジェラの名前を、エルシーは無視することができなかった。
「アンジェラさんのお墓参り……ふーん」
亡くなったとはいえ、やはり昔の恋人が忘れられないのだろうか。墓参りができるほど、気持ちの整理がついたのか。どちらにせよ、イーサン本人には聞けなかった。
しかし、エルシーの視線は正直過ぎたようだ。
「アンジェラのことが気になるのか?」
からかうようなイーサンの口調に、エルシーは背を向けてしまう。
「そりゃ、気になるわよ。イーサンが好きになった人のことだもの」
もう会うことのない女性だから気になる。
イーサンの心に棲みついて離れることのない存在。彼のそばにいる以上、ずっと彼女のことが気になるのだろうとエルシーは思った。
覚悟していたことなのに、胸がキュッと苦しくなる。
「ここにいるのは、エルシー・ハミルトンだろ?」
後ろから力強い腕で抱き締められて、エルシーの体は硬直した。ウィルより背の低いイーサンだが、エルシーの体は彼の腕の中にすっぽり収まっている。
「俺は二度と同じ過ちを繰り返さない。自分から大事な人の手を離すようなばかなまねはしないぞ」
背後からささやかれる声に、エルシーは自分の耳を疑った。
「それって――」
顔だけ振り向いたエルシーの頬に、イーサンの右手が添えられた。首をひねりそうなほど顔を引き寄せられ、口づけられた。
驚くあまり、まばたきするのも忘れて間近にあるイーサンの顔を眺めてしまったほどだ。
「目くらいつぶれ」
一度顔を離したイーサンが、目を閉じるように促す。
「だって」
反論する隙もなく再び唇を奪われた。
視界を遮ると、感じるのはイーサンの唇の感触だけだった。触れ合う時間はわずかなはずなのに、とても長く感じる。
解放されたときには、足から力が抜けて膝から崩れそうになった。頬に異常な熱を感じる。
「大丈夫か? しっかりしろ」
ふらつくエルシーの体を、慌ててイーサンが支える。
「イッ、イーサンが驚かせるから……なんでキスなんてするのよ」
「おまえのことが好きだからに決まってるだろ」
――好き?
都合のいい夢を見ているのではないかと、エルシーは自分自身を疑った。
「俺みたいに不良呼ばわりされてる魔法使いに付き合えるのは、おまえくらいなもんだ」
褒められているような気はしないが、彼なりの口説き文句らしい。
「どう転んだって、俺は俺の生き方でしか生きられない。俺と付き合えば、お前も他人からけなされて、嫌な思いをすると思う――それでも」
イーサンは一度言葉を区切り、続きをはっきりと声に出した。
「エルシー。俺はおまえと一緒にいたい」
慌てて離れようとしたら、即座に腕をつかまれ引き戻された。
「おまえの気持ちはどうなんだ?」
「えっ」
そんな質問をされるとは思ってもみなかった。唐突すぎて、イーサンが、自分をからかっているのではないかと思ったほどだ。
しかし、エルシーも自分の気持ちと向き合うと決めた。自分自身から逃げないと。
一緒にいるのが当たり前になっていたので、自分の願いを言葉にする機会がめったになかった。
「私も、イーサンと一緒にいたい」
その答え方が正しかったのかわからないが、イーサンは安堵の笑みを浮かべている。今度は正面から抱き締められて、エルシーはいよいよ夢心地になった。
みんな少しずつ変わっていく。よくも悪くも自分しだいだ。不良魔法使いと一緒にいれば、何が起きてもおかしくない。
けれど、エルシーは自分を信じることにした。自分が想う彼のことも。
エルシーは、おずおずとイーサンの背中に両腕に回す。指に、手に感じる彼の温もりはたしかなものだ。胸がいっぱいになって無意識に「好き」とつぶやいていた。
イーサンの耳に届いた証拠に、自分を包み込む腕の力が増す。
重なり合う二人の影のそばで、ルーカスが丸くなり大きなあくびをしていた。




