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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
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71 不良魔法使いと一緒に(第一章最終話)

 走るのは苦手だが、エルシーは全速力でイーサンのいる中庭に駆けつけた。


「イーサン、それ! その魔法衣はどうしたの?」

「おまえが注文して、ハリソンのところで作らせたやつに決まってるだろ」


 たしかに注文したのはエルシーだが、最近忙しすぎて作業の進捗状況も把握していなかった。それに、当初エルシーが注文した意匠の内容とちがう。


「その色でいいの?」

「ああ。仮縫いのときに、別の色で作ってもらうように頼んだ。思っていたより悪くないな」


 染料が手に入らない紫紺に比べて、青玉色の生地はだいぶ明るい青だ。中庭の緑のなかでさえ目立っている。

 イーサン自身がこの色を選んだというのだから、さらに驚いた。そこへ白い文様が描かれている。古代魔法文字で、縁起のいい古代文字を入れることが多い。


「ないものを嘆いていても仕方ない。すべて同じところからはじめる必要はないんだ」


 魔法衣のことを言っているのか、別のことなのか、エルシーにはわからなかった。

 一番大事なのは、イーサンが満足げな笑みを浮かべていることだ。


「ハリソンさんのところに魔法衣を取りに行ってたのね。てっきり――」

「おまえに殴られたことを根に持って、どこかでふて寝してると思ったのか?」


 半分当たっていただけに、エルシーは反論できなかった。


「だって三日間も戻ってこないんだもの。前に魔法使いをやめるなんて言ってたから、どこかに行っちゃったのかと思った」

「今更やめられるかよ。魔法衣作ったばかりだからな」


 軽く笑い飛ばされたのが癪で、エルシーは気になっていたことを質問してみた。


「じゃあ、この三日間どこに行ってたの?」

「なじみの店に顔を出してた。アンジェラの墓参りとか」


 さりげなく散りばめられたアンジェラの名前を、エルシーは無視することができなかった。


「アンジェラさんのお墓参り……ふーん」


 亡くなったとはいえ、やはり昔の恋人が忘れられないのだろうか。墓参りができるほど、気持ちの整理がついたのか。どちらにせよ、イーサン本人には聞けなかった。

 しかし、エルシーの視線は正直過ぎたようだ。


「アンジェラのことが気になるのか?」


 からかうようなイーサンの口調に、エルシーは背を向けてしまう。


「そりゃ、気になるわよ。イーサンが好きになった人のことだもの」


 もう会うことのない女性だから気になる。

 イーサンの心に棲みついて離れることのない存在。彼のそばにいる以上、ずっと彼女のことが気になるのだろうとエルシーは思った。

 覚悟していたことなのに、胸がキュッと苦しくなる。


「ここにいるのは、エルシー・ハミルトンだろ?」


 後ろから力強い腕で抱き締められて、エルシーの体は硬直した。ウィルより背の低いイーサンだが、エルシーの体は彼の腕の中にすっぽり収まっている。


「俺は二度と同じ過ちを繰り返さない。自分から大事な人の手を離すようなばかなまねはしないぞ」


 背後からささやかれる声に、エルシーは自分の耳を疑った。


「それって――」


 顔だけ振り向いたエルシーの頬に、イーサンの右手が添えられた。首をひねりそうなほど顔を引き寄せられ、口づけられた。

 驚くあまり、まばたきするのも忘れて間近にあるイーサンの顔を眺めてしまったほどだ。


「目くらいつぶれ」


 一度顔を離したイーサンが、目を閉じるように促す。


「だって」


 反論する隙もなく再び唇を奪われた。

 視界を遮ると、感じるのはイーサンの唇の感触だけだった。触れ合う時間はわずかなはずなのに、とても長く感じる。

 解放されたときには、足から力が抜けて膝から崩れそうになった。頬に異常な熱を感じる。


「大丈夫か? しっかりしろ」


 ふらつくエルシーの体を、慌ててイーサンが支える。


「イッ、イーサンが驚かせるから……なんでキスなんてするのよ」

「おまえのことが好きだからに決まってるだろ」


 ――好き?


 都合のいい夢を見ているのではないかと、エルシーは自分自身を疑った。


「俺みたいに不良呼ばわりされてる魔法使いに付き合えるのは、おまえくらいなもんだ」


 褒められているような気はしないが、彼なりの口説き文句らしい。


「どう転んだって、俺は俺の生き方でしか生きられない。俺と付き合えば、お前も他人からけなされて、嫌な思いをすると思う――それでも」


 イーサンは一度言葉を区切り、続きをはっきりと声に出した。


「エルシー。俺はおまえと一緒にいたい」


 慌てて離れようとしたら、即座に腕をつかまれ引き戻された。


「おまえの気持ちはどうなんだ?」

「えっ」


 そんな質問をされるとは思ってもみなかった。唐突すぎて、イーサンが、自分をからかっているのではないかと思ったほどだ。

 しかし、エルシーも自分の気持ちと向き合うと決めた。自分自身から逃げないと。

 一緒にいるのが当たり前になっていたので、自分の願いを言葉にする機会がめったになかった。


「私も、イーサンと一緒にいたい」


 その答え方が正しかったのかわからないが、イーサンは安堵の笑みを浮かべている。今度は正面から抱き締められて、エルシーはいよいよ夢心地になった。

 みんな少しずつ変わっていく。よくも悪くも自分しだいだ。不良魔法使いと一緒にいれば、何が起きてもおかしくない。


 けれど、エルシーは自分を信じることにした。自分が想う彼のことも。

 エルシーは、おずおずとイーサンの背中に両腕に回す。指に、手に感じる彼の温もりはたしかなものだ。胸がいっぱいになって無意識に「好き」とつぶやいていた。

 イーサンの耳に届いた証拠に、自分を包み込む腕の力が増す。

 重なり合う二人の影のそばで、ルーカスが丸くなり大きなあくびをしていた。


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