69 墓参り
朝のひんやりした空気に身が引き締まる。
イーサンは眼前の墓石に刻まれた文字に目を走らせた。
『アンジェラ・ハミルトンここに眠る』
テオの――クルス家には、広大な庭に先祖が眠る霊廟がある。その隣りに小さな庭園が造られ、守られるようにして一つの墓が建っていた。
それが、彼女の――アンジェラの墓だと知ったのは、マッケンジー邸で龍を退治した三日後のことだ。
アンジェラは魔法研究所で働くためハミルトン家から勘当されていた。彼女の死後、先代のハミルトン公爵が遺体の引き取りを拒否したため、テオが自前で造った墓地に手厚く葬られてたという。
イーサンは、花束を墓石の前に手向けた。花を買うなんて初めての行為だ。
もっと早く来るべきだったとイーサンは独白する。彼女の死を受け入れるのに時間かかり、結果として先延ばしになっていた。
やっと向き合って、彼女に話しかける気になれたのだ。
「アンジェラ……来るのが遅くなって悪かった。想像もしてなかったんだ。俺よりも先に君が――」
――逝ってしまうなんて。
自分は死を覚悟して龍を封印した。龍の被害がない世界で彼女が幸せになることを願って。
しかし、アンジェラは魔法使いが封印の眠りについて数年で亡くなってしまった。
「ここにきて、ようやく君の気持ちがわかった」
愛しい人と二度と会えない絶望感。言葉を交わすことのできない悲しみ。
「最期まで一緒にいられなくてすまなかった。俺は、一人で暴走した罰が当たったのかもしれない」
彼女の姪が、イーサンを覚醒させることになったのは偶然だ。エルシー自身、若くして亡くなった伯母、龍と共に眠りについた魔法使いの存在を知らなかったのだから。
しかし、イーサンはその偶然にこそ運命を感じた。
「強情で、勉強熱心なのは君によく似ている」
伯母と姪。姿形は似ていないが、彼女たちの内面は共通点が多い。普段は気弱な印象なのに、何かことが起これば行動力はずば抜けている。
「困ったことに、エルシーは泣くと手をつけられないんだ」
盗賊に誘拐されたとき、イーサンが自分の体に戻れたときも大いに泣いて、イーサンを困らせた。
そこで思い知ったのだ。自分は女性の涙に絆されやすい――特に、エルシーには。
自分の身体を取り戻した後、イーサンは魔法使いを廃業して昔からの人づきあいも絶つと決めていたのに。
アンジェラがそれを望んでいるかを考えられるようになったとき、一気に視野が開けた。
「君と過ごした時間は、俺にとって宝だよ」
二度とやり直すことはできない。だからこそ当時の輝きに価値がある。
「君は、俺にとって大事な人だ。これからもそれは変わらない」
彼女がいたからこそ、自分のすべてを引き換えにしても守りたいという想いが芽生えた。不良魔法使いが、思いやりに目覚めたのだ。
「もう一度試してみようと思うんだ」
魔法使いとして生きること。大切に想う誰かのために生きること。
人を愛すること。
三十七年後、イーサンに忘れかけていた感情を思い出させてくれたのはエルシーだった。想いを寄せていた男の身体を乗っ取っていた自分にも、エルシーは情けをかけてくれた。心が広いかと思えば子どものように拗ねてしまうので気が気ではないが。
「俺が死ぬまで気長に待っていてくれ。それまでに土産話を増やしておく」
悪い人生じゃなかったと、報告できるように。
「今日は野暮用があるんだ。また来るよ」
イーサンは、次の面会を請け負ってアンジェラの墓を後にした。
心の傷を消し去ることはできない。けれど、前に向かって歩くと決めたのだ。
「次は、ハリソンのところだな」
不良魔法使いは一度深呼吸をして、自分の予定を思い出してみた。




