67 対決(1)
龍を退治する。
不良魔法使いの言葉にエルシーはうろたえた。
「待って、イーサン! 結論を急がないで……何か、何かいい方法があるはずよ!」
目の前の問題を消し去るという行為は、あまりにも短絡的だ。
「今この場で解決方法があるなら聞くが、いつ思いつくかわからないものは当てにできない。下手に情けをかければ、俺たちは罪人にされるんだ」
イーサンのきっぱりとした態度にエルシーはたじろぐ。彼からはためらいさえ感じられない。
――駄目。こんな形で終わらせるわけにはいかない!
互いの誤解やわだかまりが消化できたと思えたのに。周囲に焚きつけられて争うことはない。
「イーサン、お願い! お互い傷つけ合っても無意味よ」
エルシーがイーサンに縋りつくと、彼の瞳はかすかに揺れた。まだ説得する余地があるのか。ところが、頭上から龍の声が降る。
「さあ、魔法使い。邪魔が入らないうちに決着をつけよう」
争いを好まないはずの龍が、イーサンの答えを尊重した。彼から三十七年という大切な時間を奪ったことに責任を感じているのかもしれない。
それでもエルシーは納得できなかった。
「ああ。面倒なことにならないうちにな」
イーサンがエルシーを引き剥がして、一歩前に踏み出した。真剣な横顔に魔法使いの決意が感じられた。彼の顎がわずかに上下する。
魔法使いが短く息を吸い込んだのと龍が鳴いたのはほぼ同時だった。
ギュオオオン!
龍の叫びに門前の騎士隊やマッケンジーの従者たちまで身をすくめ、固唾を飲む。
空から雷が降ってきた。落雷の衝撃で濡れた芝生もろとも地面に穴があいた。
龍の咆哮に屋敷全体が揺れる。ついで龍が翼を大きく広げると、呼応するように風が吹き荒れた。
「きゃあっ」
風に圧されてエルシーは地面に伏せるしかなかった。普通に立っていたら吹き飛ばされて塀や庭木にたたきつけられるところだ。
龍の羽ばたきで、さらに風がうなる。
龍の攻撃は止まない。再び雷の矢がイーサンに向かって放たれた。魔法使いは即座に見えない盾で攻撃を跳ね返す。
弾かれた雷の火花が庭の植木を所々焦がした。
しかし、龍の攻勢は止まなかった。新たな攻撃はイーサンの結界に炎の楔が打たれたように見えた。直後、彼を守っていた壁が一瞬にして砕け散り、不良魔法使いの体は地面を転がる。
「イーサン!」
エルシーは何度も叫んだ。
立ち上がりながら、イーサンは呪文を唱えはじめている。衝撃が強すぎたのか、彼の足元がわずかにふらついていた。
「稲妻よ、われが示す標を貫け……」
周囲の空気が張り詰め、ピシピシと火花を放った。
――どうしてこんなことになってしまうの?
「やめて!」
エルシーは必死に叫んだが、その声は風でかき消されてしまった。
「炎よ……すべてを焼き尽くせ!」
イーサンが最後まで呪文を唱えた直後、雷が龍の体を貫いた。
龍の断末魔の声は辺り一帯に響きわたる。力を失った龍の体が地面に倒れ、地響きのような震動にエルシーは声にならない悲鳴をあげた。
雷のまぶしさに目をつむり、次に目を開けたときには炎が龍の体を包み込んでいた。
マッケンジー邸の敷地に沿った通りは、すでに野次馬であふれ返っていた。騎士隊たち注意を促してはいるが、効果は見られない。
塀を乗り越えるように庭をのぞき込んでいた者たちは龍の最期にどよめく。
見る見る燃えていく龍の屍を前に、エルシーはその場に座り込んでしまった。




