65 三十七年前の真実
清々しい風が森の中を吹き抜けた。
木漏れ日が体の鱗に優しく降り注ぐ。
けれど、薄いベールがかかったように景色がわずかにかすんで見えた。
「これは夢?」
「あの龍の記憶だ」
振り返るとイーサンが立っている。
「他の人たちは?」
辺りを見まわしたが、マッケンジー親子の姿は見当たらない。
「龍の個人的な記憶ってことか……見せる人間を限定したんだろう」
頭の中をのぞかれるのは気分のいいものではない。龍も記憶を開示する相手を選んだということだ。
森の中からでも、木々の隙間から白い建物が見えた。
神の足跡山脈の遺跡である。エルシーにも見覚えのある神殿だったが、近づくにつれて違和感を覚えた。
「神殿がきれいね。まるで建てたばかりみたい」
エルシーの知る遺跡は、建物が崩れかけている部分もあり、神殿に至っては天井の一部が抜けて落ちて雨風に晒されていた。
「三十七年か、それより少し前の遺跡だ。俺が行ったときはこんな感じだった」
イーサンの言葉に、神殿内の壁画の文様を確認した。調査隊が入ったときには、壁にはひびや一部が剥がれて落ちて文様が読めないものがあった。ところが、今はまるで新調したばかりの服の柄みたいに細かく確認できた。
それに、不良魔法使いが柱に刻みつけた魔法文字がない。龍を退治するため力を増幅させた魔法文字。
「イーサンが神殿に来る前のことなのね」
ギュオオオオッ
龍の悲痛な叫びにエルシーはびくりと体をすくめた。悲鳴のように聞こえた。
「音がやけに遠いな」
自分の耳を頼りにイーサンは、悲鳴をあげた龍の居場所を探る。
ところが、体が宙を浮きあがったかと思うと、森を一気に飛んで山脈の裏側へ来てしまった。
「どうなってるの?」
「あいつ主観でことが運んでいるんだ」
龍も悲鳴を聞きつけて、現場に駆けつけたのだろう。
黄金龍が駆けつけた場所は、多くの大木が一定の方向に向かって倒れていた。倒木の終着点には倒れ伏せた龍の姿が見える。遺跡で出会った龍よりも体の大きな黒い龍だ。
「あ……っ」
龍の姿を見たエルシーは小さな声をあげてしまった。大きな龍の体には、何本も矢が突き刺さり、翼には銛が撃ち込まれていた。傷口から血があふれ、倒れた伏した龍は動く気配がない。呼吸するために腹部が上下するだけだ。
「なぜ、こんなひどいことを……」
「龍狩りのやつらだ」
龍狩り。最近聞いたばかりの言葉だ。エルシーを誘拐した盗賊の首領は、親と祖父が龍狩りの一派だと言っていた。
「やつらは死んだ龍を解体して、鱗や臓器を売る。龍の血さえ素人に売りつけるあくどい商人なんだ」
龍の血には不老長寿や滋養強壮といった効果があると古い書物にも書き残されているが、いまだ証明した者はいない。
探し出した仲間の龍を十数人の人間がとり囲んでいた。武器を手に警戒しながら、じりじりと距離を詰めていく。
ギュワッ、ギャウゥゥッ!
ルーカスが傷ついた仲間のもとへ飛来する。
「見ろ、新しい獲物がきたぞ!」
狩人たちは口々に好きなことを叫んで喜んだ。
黄金龍が大地に降り立つ際、その羽ばたきに強い風が巻き起こった。
元々寿命が尽きかけていた龍だったのだろう。龍が持つ治癒能力をもってしても回復させることは困難だった――手遅れだったのだ。
せめて最期だけでも穏やかに仲間を見送ろうとしたが、人間たちは許さなかった。鱗が剥がれた皮膚に矢じりを放ち、年老いた龍にとどめを刺そうと躍起になっている。
龍に対する冒瀆だ。
ギャウワァ――っ
怒った龍の羽ばたきによって、人間たちが放った矢は次々と粉砕され、周囲の木々もなぎ倒された。人間たちが強風に飛ばされて地面や木にたたきつけられていく。
「あぶない!」
思わずイーサンが叫ぶ。しかし、目の前の光景は過ぎ去った過去のものだ。イーサンの声は龍にも、狩人たちにも届くことはない。
最初の犠牲者が出たのはこの時だったのだろう。
狩人たちの歓喜の声が悲鳴に変わるまでには、そう時間はかからなかった。一頭目の狩りに成功したため、小柄な龍を見くびっていたのだ。
思いがけない反撃にパニックに陥った狩人は、愚かなことに森に火を放ってしまった。
「森に火をつけるなんて自殺行為だわ!」
エルシーの言うとおりだった。森林火災は風向きが読めない人間のほうが不利だ。煙にまかれて命を落とした者がいた。命からがら山を下りた者は、龍が暴走したと訴えたのだ。
「これが元で、殲滅部隊が結成されたのか」
――そのとおりだよ。龍狩りのおかげで、僕は君たちの国から追い回されことになったんだ。
再び龍の声が降ってきた。
情報がねじ曲げられ、龍は退治されるべきものとみなされたのだ。
龍狩りの放った炎で、森が部分的に焼失した。龍――ルーカスの目の前には、人と仲間の亡骸だけが残された。




