64 龍、現れる
マッケンジー邸の外から悲鳴が聞こえる。すでに龍の姿が目撃されている証拠だ。
「元の姿に戻ったな」
隣に立つイーサンの声に、エルシーは手放しかけた意識をなんとかつなぎ留めた。
足元にいた金茶色の猫は見当たらない。代わりに現れたのは小柄な龍だった。神の足跡山脈の遺跡でイーサンとともに封印されていた黄金龍だ。
「本当に、ルーカスがあのときの龍なのね――」
――そうだよ。神殿で僕のことを見上げていたね。
頭の中ではわかっていたが、実物を目の当たりにして圧倒される。
エルシーは黄金の龍とイーサンを交互に見る。三十七年前に両者は死闘を繰り広げた。
相手を快く思っているはずがない。ルーカスも不良魔法使いを避けていたし、イーサンだって――。
しかし、イーサンはエルシーと龍の会話に口をはさまなかった。黙って二人の会話に耳を傾けている。
――遺跡では、僕も君のことを見ていた。三十七年ぶりの人間……君は特別だ。
「特別って?」
マッケンジーの屋敷に向かう途中でもルーカスに聞き損ねたことだった。なぜエルシーの頭に直接話しかけてきたのか。エルシーが危険な状況に陥ると助言を与えてくれたのか。なぜ自分だったのか。
――君は、僕の姿を見て怖がらなかった人間。君の心の声があまりにも大きかったから、独り言が聞こえてしまったんだよ。
そう言われてエルシーは思い当たることがあった。氷の山に魔法使いと閉じ込められていた龍の姿を見て素直に思った。
きれい、と。
ごく自然に、龍を美しい生き物と思えたのだ。
「龍は、簡単に人間の心を見透かしてしまうものなの?」
――気持ちが強ければ強いほど、心の声は大きくなる。おそらく、龍の間では君の声は響くほうだと思う。だから気になった。近くで君を見ていたいと思ったんだ。
「猫に変身して?」
――犬でもよかったけど、大きいと目立つから。どちらにせよ龍のままじゃ山から下りられないからね。
龍なりの身の隠し方らしい。
「ずいぶん友好的だな。昔のことを忘れているんじゃないか?」
ようやくイーサンが、口を開いた。
神の足跡山脈付近で龍が暴れたのは動かしがたい事実だ。そのためイーサンたち龍の殲滅部隊が派遣され、多くの犠牲者が出た。
「おまえは、罪のない人間の命を奪ったんだぞ……!」
これまで押さえ込んでいた感情まで吐き出した。
――否定はしない。君たちより前にきた人間が、僕の仲間を奪ったからだ。
イーサンの言葉の後に、わずかな沈黙をはさんだ龍――ルーカスが答えた。
「仲間だって? 龍は一頭と聞いていたぞ!」
だが、龍は仲間の亡骸は森や谷に葬られているという。両者の意見が真っ向から衝突した。エルシーの目には、どちらもうそをついているようには見えない。
「イーサンたちより前に龍を退治にきた人間がいるってことかしら」
シャルブルーム王国が派遣したのは一部隊だけだと聞いている。
「ルーカス、その人間たちのことを教えて」
黄金龍は返事をする代わりに、前傾姿勢をとり人間たちに頭を寄せた。エルシーたちは、目を閉じた覚えがないのに急に意識が遠のいた。




