63 魔法使い対魔法使い(3)
「セドリック。魔法まで使って落とし穴に落とすなんて芸がないぞ」
「……どうして?」
「地の底まで落ちなきゃ死にはしない。地の精霊までいたぶって地面を割るほどでもないだろ。やるなら正面切ってかかってこい」
その言い草に、エルシーは彼には「不良魔法使い」という呼び名がふさわしいと再確認した。
セドリックは対峙した敵が、どれほど手ごわい相手なのかわかってきたらしい。
「攻撃してこないなら、こっちからいかせてもらう!」
イーサンは、攻撃態勢に入った。
「岩よ、力を砕き、その身を風に委ねよ。風よ、われが示す標に集え!」
一度に二つの呪文を唱えたのも珍しいことだが、エルシーが気になったのは地の精霊に働きかける呪文に「岩」を使ったことだ。「地」ではなく、あえて「岩」を指定したのはなぜか。魔法が発動した直後にエルシーは息を飲んだ。
セドリックが作り出した地面の裂け目には、大きな岩や砂利がむき出しの状態になっている。その岩が、呪文のとおり小石と呼べるほどの大きさに砕けていく。風が導くまま一点に……セドリック目がけて飛んだ。
防御の魔法呪文を唱えなかったのがセドリックの失敗だった。
「うわあああぁ」
セドリックの悲鳴が辺りに響いた。
あらゆる方向から小石や砂利がセドリックの体に浴びせかけられる。全身に無数の石が投げつけられるのと同じだった。いや、人の手で投げる勢いとはわけがちがう。風の精霊が力を貸しているのだ。どう隠れようとも避けることはできない。
――むごいね。でも、無理やり精霊たちを操ってきたんだから仕方がないか。
ルーカスの言葉に、イーサンがなぜセドリックに肉体的な苦痛を強いるのかわかった気がした。おそらく彼の個人的な感情からではない。
セドリックは自分の心以上に多くのものをねじ曲げてきた。人の命も、精霊たちの営みも。イーサンが地の属性の呪文を使ったのは、セドリックが大きな負担のかかる魔法を大地に使ったからだ。
エルシーは同情しかけた自分を恥じた。
呪文の効果が失われたときには、セドリックの服は埃に汚れ、体はあざやすり傷に覆われていた。ところどころ出血していたが、命に関わる負傷ではない。見た目以上に精神的な苦痛を味わったかもしれない。倒れ伏したまま、動く気力さえないようだ。
「なぜなんだ。力の差はなかったはずなのに――」
セドリックは恨めしそうにイーサンを見上げる。
「一緒にするな。背負ってるものがちがうんだよ」
二人の実力は僅差だったのかもしれない。だが、イーサンには魔法使いとしての実戦経験がある。魔法使い同士のけんかもあれば、人からかけ離れた龍という生き物を相手にしたのだ。くぐり抜けてきた修羅場の数がちがう。
「おまえ、エルシーがいると知ったうえで研究所に火をつけたよな? 俺にはあんなまねはできないね」
「そう言われてみれば……」
エルシーはセドリックの言動に矛盾を感じた。他人よりも優遇したような言い方をしていたが、盗賊にさらわせて、放火した建屋に置き去りにもした。
「それとも、そいつがエルシーを助けると確信していたのか?」
猫に視線を当てたままイーサンが追及する。ルーカスがいればイーサンのお守りよりも強力だ。しかしセドリックは眉を寄せる。
「そいつって、一体誰のことだ?」
目一杯悔しさを滲ませるが、猫の正体には気づいていないらしい。
イーサンもあきれ返っていたし、ルーカスがぎゃふぅんと鳴いた。
――下手をしたら死んでいたかもね。
金茶色の猫の言葉がとどめの一撃となった。研究所の火災の場合、あのまま煙に巻かれて死んでいたかもしれない。
猫と一緒にマッケンジー邸へ押しかけたのは、セドリックの無実を信じていたからだ。しかし、その信頼は、あっさりと裏切られてしまった。
「ひどい」
エルシーの唇から落胆の声がこぼれた。
「君まで僕を非難するのか……っ」
セドリックの声は怒りに震えていた。
「魔法が使えなくても関係ないと言っていたのに……この、うそつきめ!」
セドリックが風の刃をエルシーに向ける。
とっさのことでイーサンの反応が遅れた。
次の瞬間、辺り一帯が光に包まれた。あまりのまぶしさに目がくらみ、風が吹き荒れる。
――うそつきは誰だ!
庭にいた全員の頭に声が響き渡る。
風の勢いが弱まり、エルシーが目を開けると目の前には金色の龍がいた。




