62 魔法使い対魔法使い(2)
エルシーは、イーサンが飲み込まれた大穴に急いだ。
マッケンジー邸の庭にできた裂け目は、底が見えないほどぽっかりと大きな口を開けている。のぞき込めば自分まで吸い込まれそうだ。
「ああ……イーサン……うそでしょう?」
ルーカスを抱いたまま、エルシーは地面に膝をついてしまった。
「地の精霊たちに無理強いしたか。愚かなまねをしたな」
息子の所業を見ていたマッケンジーが嘆く。
エルシーも地面を割ったのは大袈裟だと思う。セドリックは自分自身の力に酔いしれているのだ。世界との調和など頭にないのだろう。
――研究所の火事と同じなんだ。精霊たちを強い呪文で縛りつけた。地面を割ってしまうほどの力を使ったとしたら、精霊たちへの負荷も大きいはずだよ。
猫の説明でエルシーは、セドリックへの望みを絶たれた気がした。兄の殺害や精霊への呪縛に対して、彼は己の罪深さをわかっていない。すでに麻痺してしまったのかもしれない――心そのものが。
心がゆがんでしまったのだ。
身内から冷遇され、窮屈な日常から突然魔力に目覚めた解放感。
父親から溺愛する兄を奪い、自分の実力を誇示した。自分の汚点となり得るものを消し去って、何を求めるのか。
「セディー! あなたはこれ以上何を望むの?」
「僕は父のようにこの国……世界に認められる魔法使いになる。もう誰も僕を非難できないようにね」
セドリックの口元が醜くゆがんだ。
ボシュッ
突如、セドリックの黒いローブの裾が燃えだした。
「なっ……」
裾から上に燃え広がる炎に、セドリックは小さな声をあげる。
「すべて私の罪だ。自分だけでなく、息子にまで罪を負わせてしまった私の。これ以上愚かな罪を重ねさせるわけにはいかない」
炎の魔法を繰り出したのはマッケンジーだった。せめてもの親心かもしれない。
「水よ、風とともにわれを守る鎧となれ」
水しぶきがローブの炎に降り注ぎ、簡単に火は消えると思われた。ところが、炎は勢いを増し、腰のあたりまで赤い炎があがった。マッケンジーの呪文に火の精霊が呼応している。セドリックに対して怒りを露わにしているのだ。
「黙れ、老いぼれ!」
ローブを脱ぎ捨てたセドリックは、父親をにらみつけた。血走った目に殺意を感じたエルシーは慌ててセドリックの前に立ちはだかった。
「駄目! これ以上自分の家族まで傷つけないで!」
セドリックに罪を重ねさせたくないという理由だけじゃない。
兄の命まで奪い、父親まで――人道を外れた凶行を見過ごすわけにはいかなかった。人としての分別だ。
エルシーは猫を放りだし、セドリックの腕にしがみついた。マッケンジーへの進攻を止めるためだ。
「離せ!」
腕を振り払われた勢いで、エルシーは地面に転倒した。ルーカスがエルシーをかばうようにセドリックの前に立ちはだかり、グルルとうなり声をあげる。
「僕の邪魔をするやつは誰であろうと許さない!」
猫もろとも吹き飛ばされることも覚悟した。
だが、地面の裂け目から光がひらめいた。
底が見えない大穴から光がせり上がり、二つに分かれた。一つは、今にもセドリックに飛びかかっていきそうな猫の前に留まり、もう一方はセドリックの腹目がけて突進した。
「ぐはぁっ」
光と衝突したセドリックの体が宙を飛んだ。途中で身をひるがえして足から着地したものの、ダメージは受けているようだ。光が直撃した腹部を押さえてうめく。
猫の攻撃を阻んだ光は小さな球体になり、やがて空気に溶けて消えた。
「どら猫、手を出すなよ。これは人間同士の勝負だ」
裂け目からイーサンが浮上してきた。
風の精霊の働きかけだろう。軽やかに地上に舞い降りた不良魔法使いは足元の猫に釘を刺した。




