61 魔法使い対魔法使い(1)
自分の魔法でケガ人が出ていないことをイーサンは把握していた。
「さあ、出てこい」
予想どおり部屋の中から黒いローブをまとったセドリックが出てきた。
彼の常軌を逸した行動に、イーサンは半ばあきれていた。魔法の光球を投じなければ、セドリックは間違いなく自分の父親まで殺めていただろう。黄金龍――ルーカスの言うとおり、セドリックは魔法使いだった。
「情けない話だ。魔道具で気配を消せることくらい想定できたはずだ」
イーサンは、窓のそばに立つエルシーの姿を見つけて安堵した。本性をあらわしたセドリックのそばに彼女を置いておくことはできない。彼の注意を自分に向けたのもそのためだった。
「猫と逃げたと思えば、犯人を追及しようなんて無謀なことしやがって。エルシー、説教は後だ。覚悟しておけよ!」
彼女がルーカスを抱いているのが気になったが、セドリックから引き離すことが最優先だ。
――マッケンジーの坊やの相手をしてる暇はない。
自分が相手をしなければならない存在は他にいる。
セドリックは不本意だろうが――。
「!」
足元に揺れを感じた次の瞬間、地面に亀裂が走った。イーサンは飛び退いてセドリックに風の刃を放った。
「ベンの息子にしてはやるな」
呪文も唱えずに魔法を発動させたのだから相当の手練れだ。
元々魔力の器が大きかったために、覚醒が遅れたのかもしれない。だが、目の前にいる男は、己の力にのまれた愚かな魔法使いに過ぎなかった。
「イーサン・ブレイク。わざわざ僕の手にかかって死にに来たのか」
かつて共に龍退治に派遣された部隊の中にも、自分を過大評価する魔法使いがいた。自信があればこそ、余裕を見出して本領を発揮することもできる。しかし、多くはその逆の結果を招いた。
「ここへはエルシーを迎えにきただけだ。他に大事な用があるからな」
「イーサン……」
エルシーは思わず身をすくめた。イーサンの物言いは、明らかにセドリックの自尊心を傷つけるものだ。彼の喜びは、自分の力を誇示することであり、過小評価されるなどもっての外だろう。
「きさま、どこまで僕をばかにすれば気が済むんだ!」
案の定、セドリックは癇癪を起した。感情の乱れが傍から見てもわかる。
――わざと怒らせてるのね。
セドリックをなだめたり説得したりすることは、彼を増長させるだけなのだろう。イーサンは真逆の行為で相手を怒らせている。
「セドリック、早く片付けて帰りたいんだ。要件を済ませちまおう」
「ふざけるな! 僕を見下してただで済むと思うなよ!」
イーサンは、わざとセドリックの感情を逆なでしているらしい。
「ばかにしたくもなるだろう。自分だけ魔道具を使ってまわりの人間を出し抜こうとしていたんだ。ひきょう者以外の何ものでもない」
明らかな挑発だ。魔道具を身につけているセドリックを非難している。
「……見え見えの挑発だな。僕に魔道具を外させる魂胆か?」
その手には乗るものかセドリックは鼻で笑った。相手に意図を読まれている――失敗だとエルシーは思ったが、イーサンの反応はちがっていた。
「丸腰では俺にかなわないと認めるわけか。ま、それでもいいけどな」
「……っ」
イーサンの言葉に、セドリックの表情が一変した。
「うるさい!」
セドリックは胸元から取り出した黒水晶を地面にたたきつけた。
――あの水晶が、目くらましに使われた魔道具だよ。
「ただの水晶にしか見えないけど、特別な力があったの?」
抱きかかえていた猫の言葉にエルシーは驚いた。見たところ自然界で作られた水晶の塊にしか見えなかったのだ。
――他の……力のある魔法使いが細工を施したんだろうね。
ルーカスはなぜか魔法使いたちを名前では呼ばなかった。
「風よ、刃となって、災いの壁を打ち砕かん」
呪文を唱えた直後、セドリックの左右から突風が走り、通り道となった部分だけ地面の芝生がはがれていく。
「俺は壁扱いか!」
呪文を唱えずとも、イーサンの手前で風の刃が透明の壁に直撃した。イーサンの作り出した光の盾だろう。風の刃は盾に突き刺さったとたん消滅していく。セドリックが同じ攻撃を試みても結果は同じだった。
セドリックが新たな呪文を唱えはじめると、イーサンはハッと息を飲んだ。
「このばか!」
セドリックを怒鳴りつけているが、エルシーはわけがわからなかった。
――地の精霊たちを無理に集めてる。ああいう魔法の使い方はいただけないね。
ルーカスの言葉で、セドリックの技に無理があることがようやく理解できた。イーサンが以前言っていた「力技」と同じことだろう。本来は精霊の力を借りることで魔法が発動する。精霊に強制するセドリックのやり方は邪道というものだ。
イーサンがセドリックに向かって一歩踏み出そうとした瞬間、彼の足元が崩れ落ちた。
「うぁっ」
「イーサン!」
エルシーが不良魔法使いの名前を叫ぶ。
イーサンの姿は、陥没した地面にできた大きな裂け目に飲み込まれていった。




