60 ある青年の狂気(3)
セドリックは、兄を殺めたことを誇らしげに語った。
ふとエルシーの脳裏に過ったのは、他にも罪を犯しているのでは――という疑惑である。
「盗賊に私をさらわせたのは、あなたなの?」
「君にはすまなかったと思っている。あいつらは君の同僚を逆恨みしていたようでね。仕返しが済んだ後に僕が助け出す計画だったんだ。そうすれば、君は僕のことをもっと信頼してくれただろうからね」
セドリックはこともなげに答えた。
「誘拐するにしても、ずいぶんとこわい思いをさせてしまったみたいだ。おまけにあいつらときたら……騎士隊に捕まる始末だ」
エルシーは自分の耳が信じられなかった。言葉で詫びながらも、セドリックから後ろめたさが一切感じられない。
「だから、君には優しくしてきたのに。それなのに、あんな魔法使いと付き合うなんて――」
先ほどとは打って変わり、セドリックの表情は険しくなった。
「僕の魔法をつまらないとけなしたイーサン・ブレイク! しかも性格が悪いだと?」
エルシーは、「そんなことを言ってたな」と記憶をさかのぼる。声に出さなかったのは、セドリックの神経を逆なでするとわかっていたからだ。
自尊心をけなされたセドリックは、イーサンへの敵意をむき出しにした。イーサンも謎の魔法使いは実力があると評価していたが、人間性に関しては否定的だった。
――イーサンも王国一の魔法使いだって自信たっぷりだったけど、他人のことを簡単に傷つけたりしない。
ルーカスはエルシーの腕のなかで沈黙を守っている。自分の気配を消しているためか、セドリックは龍が同じ部屋にいることにさえ気づいていない。
人間同士の戦いならまだしも、龍まで参戦したら事態の収拾がつかなくなる。ルーカスもわかっているのだろう。エルシーに話しかけてこない。
「セディー、これからどうするつもりなの?」
「君の魔法使いに後悔させてやるのさ。父に代わる英雄など出てきてもらっては困るからね」
息子の言葉に、マッケンジーの顔がこわばった。
「セドリック、どうしておまえ、そのことを――」
マッケンジーの動揺からして、息子には三十七年前の所業を話していなかったようだ。
「父さんは昔から遺跡のことを話したがらなかっただろう? 本当なら自慢してもいい栄光ある経歴のはずなのに。僕はその理由を調べてみただけだよ。イーサンを消してしまえば、父さんだって過去の過ちが露見せずに済むじゃないか」
セドリックは自分の発想に酔っていた。無邪気に残酷な笑みを浮かべて。
「もういい。私のことはどうでもいいんだ。おまえはこれ以上罪を犯すな」
「きれいごとはよしてくれ! 父さんはずっとイーサンという魔法使いの存在を恐れていたくせに」
「……そのとおりだ。身の丈に合わない夢を見たんだ。だが、それでおまえやステファンを不幸にしてしまった。だから、もうやめよう。一緒に罪を償おう」
子を諭す親の姿がそこにあった。恥も外聞もかなぐり捨てて懇願したが、セドリックの目は冷ややかだった。
「僕はもう父さんの操り人形じゃない。誰の指図も受けないよ……認めない」
セドリックは、かっと目を見開いた。
「セディー、やめて!」
エルシーがとっさに叫ぶ。
殺意とともに風の刃がマッケンジーに振り下ろされた瞬間、居間の窓ガラスが一斉に割れた。ガラスの破片を潜り、飛び込んできた光球がセドリックの風の刃に直撃した。次の瞬間、部屋中に光と風が迸る。
「きゃあっ」
風圧でエルシーは床に倒れた。そのまま壁へと押しやられるところをマッケンジーが腕をつかんで助けてくれた。
――何が起きたの?
エルシーが顔を上げると、視界の中でセドリックだけが風の干渉を受けずに立っている。
自分の周囲に結界を張っているのかもしれない。
セドリックは割れた窓の外、一点に目を凝らしていた。
庭の向こうには、黒髪の魔法使いが立っていた。エルシーのよく知る不良魔法使いだ。
「派手な親子げんかだな」
「自分からのこのこやってきたか……イーサン・ブレイク!」
セドリックが大窓から外へ出たことを確認してからエルシーはマッケンジーに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
マッケンジーはその場に座り込み、黙り込んでしまった。息子の暴挙に打ちのめされたのだろう。放心しても止むを得ない状況だ。
――エルシー、外へ行こう。
ルーカスの声に従いエルシーも窓の外へ出る。その場からセドリックがイーサンに向かって歩いていくのが見えた。




