6 覚醒した魔法使い
龍と人間一人を封じ込めていた巨大な氷の塊にひびが入っている。
――どうして?
エルシーは身動きがとれない。
氷の中で、龍がわずかに動いたように見えた。
すると、氷に入ったひびはさらに大きく、深くなっていく。大きな氷の塊が崩れはじめた。
「きゃああっ」
頭上から落ちてくる氷塊に、エルシーは思わず頭を覆った。しかし、床に落下するまでにすべて蒸発してしまう。
氷は霧のように消えていく。龍の頭部を覆っていた氷が解けると、すさまじい叫びがこだました。開いた龍の目は、森の木々と同じ深い緑色をしていた。
グオオォオオン
「うわっ」
「ありゃ、なんなんだ?」
氷の中身を知らなかった盗賊たちは、龍の出現にうろたえている。
エルシーもウィルのそばに駆けつけようとしたが、龍の放ったまばゆい光に視界を阻まれた。同時に神殿のなかに風が吹き荒れ、エルシーは目を瞑ってしまう。体ごと吹き飛ばされそうな強風だ。
次に目を開いたときには、黄金龍の姿は跡形もなく消えていた。加えて、人が床に倒れている。
「お嬢ちゃん、動くなよ!」
盗賊がエルシーを捕まえようと迫った瞬間。
急に男の体が吹き飛んだ。まるで男だけを狙ったように突風が吹いたのだ。
しかも風が吹き出した方向には。
「ウィル!」
頭から血を流しているウィルが立っており、ナイフを持つ盗賊をにらみつけていた。彼は、いまいましげに舌打ちする。
「……ったく、目が覚めたと思ったら盗人風情の相手かよ」
彼が吐き捨てた言葉にエルシーは違和感を覚えた。
「くそっ、まだ生きてたのか!」
もう一人の盗賊がウィルに向かって襲いかかる。
「ぶっ飛べ」
機械的な口調だが、男の巨体は壁にたたきつけられた。
「風の魔法……?」
呪文とは思えなかったが、盗賊たちを撃退したのは魔法の力だ。
ウィルは不敵な笑みを浮かべた。エルシーの知る優しいウィルの笑顔とはまるでちがう。
「大丈夫か?」
彼は、床に座り込んでいたエルシーに手を差しのべた。
――ウィルじゃない。この人は、ウィルじゃない。
相手の手をとりながら、エルシーは震える声で尋ねた。
「あなたはウィルじゃない。あなたは誰……?」
「少しの間、この体を借りることにした。俺の体はあっちだよ」
ウィルが顎でしゃくったほうを見ると、盗賊以外に床に倒れている人間がいた。龍と共に解放された人間だ。
――でも、どうしてウィルが?
ウィルは、ふと何かに気づいたように外に駆けだした。
「えっ、ちょっと待って!」
運動不足のウィルとは思えない俊足で、追いかけるエルシーとの距離が大きくひらいていく。神殿を出るとウィルは調査隊のテントがある方向へ走った。
所々火の手が上がっている。爆弾を使った奇襲攻撃にあったらしい。
テントの設営地に近づくにつれ、悲鳴がはっきりと聞き取れた。
「助けてくれ!」
切羽詰まったケインの声だ。
やはり物資を届けにきた男たちは全員盗賊団だった。ケインや他の研究者たちを捕らえ、発掘物や金目の物を奪取している。
右のこめかみに傷のある男がリーダー格のようだ。手下たちは指示に従い捕まえた調査隊の人間を縄で縛りあげていた。
調査隊の過半数はすでに囚われている。明らかにこちらが不利だ。
「ウィル、待って……」
ウィルではないとわかっていても、先を急ぐ人物をそう呼ぶしかなかった。
盗賊数人がエルシーたちに気づいた。
「なんだ、おまえら!」
突進するウィルに驚きながらも、それでひるむ盗賊たちではなかった。男が掴みかかると、ウィルがはっきりと呪文を発した。
「雷よ、轟け!」
ウィルに襲いかかった男、その周囲にいた盗賊三人にほぼ同時に雷が落ちた。
仰向けに倒れた盗賊たちは全身痙攣を起こし、白目を剥いている。
「大丈夫なの?」
「手加減はしてある。これくらいじゃ死にはしないさ」
得意げに答えるウィルの顔を見て、エルシーはもう一度、問いただした。
「あなたは、誰?」
「俺はイーサン」
イーサン。
夢の中の存在と結びつく。彼こそが、夢の中で探していた人物なのか。
「イーサン・ブレイク。シャルブルーム一番の魔法使いだ」
それが、エルシーと魔法使いイーサンとの出会いだった。