59 ある青年の狂気(2)
「やめて! お父さんに対してなんてことをするの!」
「自分の子どもにどんな仕打ちをしてきたのかわかっていないからだ」
エルシーは床に尻もちをつく格好になったマッケンジーへ駆け寄った。けがはないものの、息子からの攻撃を受けたことがショックだったらしい。
「魔法を使えないふりを続けていると、新しい発見があって楽しかったよ。父へ不満を持つ者の声をよく耳にした。英雄扱いされていても、結局人徳はなかったんだ、その男は」
その男。セドリックは父親に侮蔑の言葉を吐いた。
「みんな魔法を使えない僕は存在しないもののように見ている。人間の裏の顔をのぞき見るには最高の立場だったんだ。それがすっかり癖になってしまったんだよ」
魔法の話をしているときのように、セドリックの目が輝いている。
「けれど、兄のステファンは父さんとはちがった。僕から見ても人の信頼に値する人物だったんだよ。周囲に心を配ってくれる優しい男でね……だから僕が魔法を使えることに気づいてしまったんだよ」
「ステファンはそんなこと一言も言っていなかった」
父親の言葉を受けて、セドリックは声を立てて笑いだした。
「なぜ父さんに報告する必要があるんだ? 兄さんは、魔法が使えることを自分から家族に打ち明けるように僕を説得しようとしたんだ」
自分が同じ立場ならそれが最善の道だとエルシーも考えただろう。ところが、セドリックはそれをよしとしなかった。
「父さんの息子にしてはよく出来た人だったよ、ステファンは。でも、僕の生活を壊そうとするから邪魔になったんだ」
――まさか。
エルシーの視線に気づいたセドリックは、にやりと笑った。
「そうだよ、エルシー。僕が兄を殺した。医者から処方された薬に毒を盛ったんだ。細心の注意を払ってね」
冷酷な笑みに、エルシーは言葉もなかった。隣りで聞いているマッケンジーの顔は死人のように青ざめていた。
「ステファンは見る見るやせ衰えていったし、最後に少しだけ毒の量を増やしたんだ。病気を苦に自ら命を絶ったように見せるために。自分でも驚くほどうまくいった……家族でさえ誰も怪しまなかったんだからね」
ステファンは父親に向かって勝ち誇った笑みを浮かべた。
兄殺しを語るセドリックを前にエルシーとマッケンジーは呆然とした。
「なんてことを……ステファンはおまえの兄なんだぞ!」
「父さんこそ、息子である僕に何をしてくれた? 魔法が使えないというだけで邪険に扱ったじゃないか。学校で僕がいじめられていると知っても見て見ぬふり。家族であることを理由に助け合うなんて滑稽だろ。力を持つ者、強い者が絶対……そう教えてくれたのは父さん自身だ」
マッケンジーは何も言えなかった。蒼白の顔で息子を見つめるだけだ。
毒気を抜かれた父親には興味も失せたらしく、セドリックはエルシーに視線を移した。
「僕が魔法を使えなくても優しくしてくれたのは、ステファン兄さんと君だけだった」
セドリックは口元に笑みを浮かべたままだが、より残忍さが増した。エルシーは体の震えが止まらなかった。




