58 ある青年の狂気(1)
ルーカスの導きで瞬間移動した街の最も大きな家。
それがマッケンジー院長の屋敷だった。
エルシーの思わぬ訪問に家の者はひどく動揺した。セドリックへの面会を希望すると、出迎えた執事は口ごもり、代わりに当主に会うように勧められたのだ。
――父親のほうもこちらへ移動したようだ。
腕に抱かれたままのルーカスがつぶやく。
屋敷内も薄暗く、魔法使いの名門とされるマッケンジー家の栄光とは対照的な、陰鬱な空気が漂っていた。
「なんだか気味が悪い」
案内してくれた執事に聞こえないくらいの小声でエルシーはひとりごちる。
誘導された居間には両開きの大きな窓があった。天井から床までの高さがあると、出入りも自由なうえ手入れの行き届いた庭が一望できる。
「君は確か魔法研究所の職員だったね」
マッケンジー院長が直々に会いにきたので、エルシーは飛び上がるほど驚いた。待たされる間もなく院長本人が来るとは思わなかったのだ。
「息子の行き先に心当たりはないのか?」
ベンジャミン・マッケンジーは前置きなくエルシーに尋ねた。セドリックは留守らしい。しかも家族はその行方さえわからないのだ。
「セドリックさんは、いつから戻っていないんですか?」
「二日前から帰ってこない」
夜中無断で外出してそれっきり家の戻っていないという。マッケンジーは、息子には身を寄せる場所もないと話したが、友人がいるかどうかも把握していないのだろう。エルシーはちらりとルーカスと顔を見合わせた。
「あの、セドリックさんは本当に魔法が使えないんですか?」
「息子は、昔から魔法が使えない。不幸なことにあれには魔法の才能がなかった。それでもステファンがいない今、この家を継げるのはセドリックただ一人なのに――」
マッケンジーの手が小刻みに震えている。そこには魔法院の院長ではなく、息子を哀れむ父親の姿があった。
「ステファン兄さんがいなくなったから、僕が必要になっただけでしょう?」
エルシーたちが入ってきた扉が静かに開いた。黒いローブをまとった男が現れ、フードを外す。
「セディー……!」
やはりセドリック・マッケンジーである。目の前で正体が明かされてもエルシーは信じられなかった。
セドリックが冷ややかなまなざしを父親に注ぐ。
「従兄弟を養子にする件を忘れてはいませんか? それとも先方に断られたのかな」
エルシーはセドリックの声に背筋が凍った。いつもの彼の声より低くて、別人と錯覚するほど機械的な喋り方だ。
「セドリック……おまえ、無事だったのか!」
セドリックは、喜ぶ父親を忌々しげににらみつけた。
「ちょっと姿を消したくらいで騒がないでください。いつも父さんの邪魔にならないように大人しくしていたんですから、今更でしょう」
「セドリック?」
息子の突き放した物言いにマッケンジーは困惑している。父親の困っている顔を見て息子は楽しそうに話を続けた。
「僕が兄さんより少しでも目立とうとすると、父さんは機嫌が悪くなった。この家で魔法が使えない子どもはつらいものだよ、エルシー」
父親に不満を訴えるのかと思いきや、エルシーに聞かせるように彼は言葉を選んだ。
「けれど、ある日突然精霊が見えるようになったんだ。呪文はいくつか覚えていたから、すぐに魔法が使えるようになった。家族には内緒にしたけどね」
セドリックの言葉にエルシー、そして父親のマッケンジーも驚きを隠せなかった。
「まさか、そんな……なぜだ」
「父さんに振り回されたくないからに決まってるだろう!」
居間に響きわたるほどの怒鳴り声だった。セドリックの目には怒りの炎が燃えさかっている。
「魔法が使えない役立たずとして扱われた十年間、僕がどれだけみじめな思いをしたか考えたことがあるか?」
セドリックが父親に向かって手をかざした直後、マッケンジーの体が壁に向かって吹き飛ぶ。エルシーが思わず悲鳴をあげた。
とっさに自身の体に結界を張ったのだろう。壁への直撃を免れたものの、衝撃を受けてマッケンジーは床へと崩れた。




