54 猫の目
エルシーの腕に抱かれていたルーカスの目が光った。一瞬にして光がほとばしり、ローブの魔法使いはおろかイーサンまで視界を封じられるほどだった。
「な……っ」
慌てて着地したイーサンは手で庇をつくり状況を確かめる。
「がぁぁっ?」
ローブ姿の魔法使いが吹き飛ばされた。布が裂ける音にエルシーはわれに返る。
「え……えっ、何?」
自分を中心に風が吹いたのだ。ローブを着た魔法使いはその風圧に屈したらしい。
――もう大丈夫。悪い魔法使いは逃げたよ。
ルーカスの声で、エルシーの足の力が抜けた。その場に座り込んでしまう。
「エルシー!」
イーサンが駆け寄ると、ルーカスはエルシーの腕からするりと抜け出した。地に足をつけた猫と目が合った不良魔法使いは目を瞠る。
「まさか、おまえは――」
呆然とするイーサンの隙を突いてルーカスは走り去った。魔法使いが呪文を唱えはじめたので、エルシーは慌てて制止した。
「やめてイーサン、ルーカスをどうする気?」
「ルーカス? あれは猫じゃない! あいつが魔法使いを吹っ飛ばしたのを見ただろう?」
「それは、そうだけど……」
イーサンの言うとおりルーカスはただの猫じゃないのはわかる。彼の作り出した結界をなんなく潜り抜け、呪文も唱えず風を操った。
エルシーの頭の中に話しかけてきた張本人だ。
大きな溜息をついたイーサンは、あらためてエルシーに質問した。
「あの猫はいつからお前のそばをうろついてたんだ?」
「遺跡で……イーサンを神殿で見つけた後くらい。森で見つけたの」
一応「でも、つきまとわれているってほどじゃなかったの」と付け加えた。
「やつの感知能力は人間の比じゃないからな。見張ってなくてもおまえの状況を把握することはできたんだろ」
感知――だから、エルシーの危機を察知して、頭の中に直接話しかけてきたのか。
再度イーサンは長く息を吐いた。ひどくあきれた様子だ。
「あのりゅ……いや、猫もどきは、遺跡からずっとつけてきたわけだろ。おかしいと思わなかったのか?」
不良魔法使いが言うほど疑わなかった。見た目普通の猫と変わりがなかったからだ。それに、ルーカスが自分を助けてくれる理由も理解できなかった。
「人間の魔法使いのほうは朝っぱらから奇襲攻撃か」
イーサンの言葉で、周囲を見渡したが、ローブ男の姿は見当たらない。地面に風圧で裂けたローブの切れ端が落ちていた。ルーカスの放った光や突風に吹き飛ばされて退散したらしい。
ローブを着た魔法使いに襲われたからこそルーカスは姿を現したのだろう。
「ここでいつまでも油を売ってるわけにはいかない」
歩き出したイーサンの背中を追いながら、エルシーはあることに気づいた。
「さっきイーサンの指輪、光ってた?」
「最初の奇襲ではほとんど反応していなかった……ん?」
イーサンがはっとした。魔法使いがいたというのに指輪は反応していなかった。
「その指輪、本当は失敗作じゃないの?」
「ばか言え! 選りすぐりの材料で俺が作ったんだ。火事のときはちゃんと反応して――そうか、魔道具を使ったのか!」
不良魔法使いは、自分のはめている指輪を見ながらあっけにとられたような、それでいて面白がっているような顔をしていた。
――魔道具……特別な魔力を帯びたものよね?
エルシーも魔道具についてはある程度知ってはいるが、テオの専門分野だ。
「こうしちゃいられないな。急いで帰るぞ!」
地面に落ちていた手提げ籠を拾い上げたイーサンは、空いたほうの手でエルシーの手をつかんだ。
「ちょっと、イーサン……」
不良魔法使いが先を急ぎたい気持ちはエルシーにもわかった。例の魔法使いに襲撃されたことを報告するほかに、戻ってくるかもしれない敵に備えて一刻も早く魔法研究所にたどり着きたいと思ったからだ。




