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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
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51 月夜の窓辺

 夜を迎え、エルシーはドリスが用意してくれた部屋でくつろいでいた。

 まさに安らぎの時間。


 ――こんなに羽根を伸ばしたのはいつ以来かな。


 考えてみれば、神の足跡山脈の遺跡から立ち止まる時間はなかった。やっと自分の居場所を把握できた気がした。自分の置かれている状況や、自分自身の気持ちも。

 ビーフシチューにスライスされたバケット、カボチャのサラダ――夕飯はドリスが腕によりをかけて作ったものばかりだった。

 湯に浸かり、整えられた清潔なベッドに飛び込むと、昼間神経質になっていた自分が滑稽に思えてくる。

 それに、一度イーサンへの想いを認めてしまうと気持ちが楽になった。不良魔法使いと出会ったころは、ウィルのことばかり考えていたのに――矛盾する自身の感情に混乱していたことを思い知る。


 ――魔法が好きで、勉強したいと思ったのと大して変わらないはずよ。


 彼を好きでいることは、間違ってはいない。

 自分の想いをイーサンに告げるかどうかは別の話だ。そうわり切ると、ドリスの言うとおり肩の力が抜けた。

 ただし、気がかりなこともある。イーサンは今もアンジェラを想い続けているのだろうか。

ベッドから体を起こす。


 ――一人で生きていくって、切なすぎる。


 コツン。

 窓のほうから物音が聞こえた。近寄って閉まっていたカーテンを開ける。

 外を見れば、窓から見下ろせる通りにイーサンの姿があった。嬉しい半面、彼にどう声をかけていいのかわからず、窓の開放をためらった。

 それでも魔法使いが身ぶり手ぶりで「開けろ」と要求したので、エルシーは音を立てないように窓を開けた。


「イーサン、どうしたの?」

「それはこっちの台詞だ。断りもなく外泊なんておまえの柄じゃないだろ。テオが心配してるぞ」


 上司の名前を持ち出されてエルシーはいら立ちを覚えた。


「指輪をはめてるから居場所だってわかるでしょう。ある意味無断じゃないわ。テオならきっとわかってくれるわ。それともテオに迎えに行くように言われたの?」

「そういうわけじゃないが――」


 エルシーは、意識してテオの名前を何度も使った。彼の顔を見たとたん、これまでの不満が一気に噴き出してきたのだ。


「イーサンは勝手よ! 頼まれもしないのによけいなことはしゃべるくせに、肝心なことは黙ってるんだから」


 エルシーが言いたいことを察して、魔法使いはばつが悪そうに目をそらした。


「アンジェラのことは悪かった。話したところで何かが変わるわけじゃないから言わなかった。おまえはおまえで、アンジェラはアンジェラだ」

「……話してくれたほうがよかった」


 彼の言い分もわからなくはない。けれど、イーサンがあらかじめ教えてくれていたらショックを受けずに済んだ。他人から知らされるよりはましだ。


「だから迎えに来た」

「今日は駄目。急に帰ったりしたらドリスさんに悪いもの」


 ドリスとハリソンにはずいぶん気を遣わせてしまった。途中で帰ったら二人への礼を欠くことになる。


「もう遅いし今日は帰って。明日は研究所に戻るから」


 イーサンはしばし黙り込んだ。


「風よ、われを空へと導かん」


 呪文を唱えた魔法使いの体がふわりと浮き上がり、簡単に屋根まで押し上げられた。エルシーが驚いている間に、屋根を伝い、彼女の部屋の窓枠を乗り越えてしまった。


「ちょっ、イーサ……」


 抗議しようとしたエルシーの口は、イーサンの手で塞がれる。


「ハリソンたちに誤解されたらまずいだろ」


 エルシーの頭はすでに混乱している。


「テオからはおまえを連れ帰るまで戻ってくるなと言われてる。おまえが戻らなければ俺も帰れない。言ってる意味がわかるよな?」


 口を塞がれたままうなずいた。本当にテオがそんなことを言ったのだろうか。イーサンの口ぶりからすると、これ以上テオを怒らせたくないらしい。

 イーサンが力づくで研究所に連れ帰るつもりだろうか。魔法使いが本気になればどうにでもなるだろう。

 エルシーは、イーサンの手を自分の口から引き剥がした。


「ごめんなさい。それでも今日は帰れない」


 イーサンの目を真っすぐに見て答えた。

 魔法使いは、エルシーのまなざしを正面から受け止め、今度は目をそらさなかった。


「わかった……」


 イーサンは、今度は扉から部屋を出た。同じ階にあるハリソンの部屋の扉をノックしたようだ。何やら男同士の話し声が聞こえた後、扉越しにイーサンが声をかけてきた。


「俺は下の階で寝ることになったから、今夜はゆっくり休め」

「うん……おやすみなさい」


 イーサンの気配が遠ざかるのがわかる。けれど、エルシーは以前よりもイーサンを近くに感じられるようになった。


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