49 彼の本音
「所長からの伝言です。一刻も早く執務室にくるようにと」
イーサンにそう伝えたのは研究所の中堅職員だった。
「でこ眼鏡、おまえが昼間から呼び出しなんて珍しいな」
「エルシーからアンジェラのことを聞かれたよ」
不良魔法使いが執務室に入ってくるや、前置きなしでテオは話の本題に入った。イーサンはその不意打ちに遅れをとってしまった。
「……そうか」
反射的に答えただけで「それで?」と問い返す余裕すらなかった。
「僕の知り得る事実をすべて話したよ」
テオの答えに、イーサンの眉が吊り上がった。
「なんでだよ!」
「エルシーが知りたがったからだ! あの子には知る権利があるだろう?」
不満げなイーサンに、テオが声を荒げた。
「彼女には話すべきだと言ったはずだ。こういう事態に陥らないように」
テオはすさまじい剣幕で言いつのる。不良魔法使いが圧倒されるほどだ。彼はイーサンがいつまでもアンジェラのことを伏せていのが不満だったのだろう。
「最初に話してしまうべきだったんだ。今になってエルシーが傷つくことはなかったのに」
――エルシーが傷つく……?
「なぜエルシーが、傷つくんだ?」
「彼女は、自分がアンジェラの姪だから君の態度が軟化していると誤解しているようだった。君が彼女を守るのはアンジェラの血縁者だから、という理由になってしまったんだ」
「俺はそんなつもりは……っ」
イーサンは言葉に詰まった。そんな誤解が生じるとは思ってもみなかった。
「じゃあ、なぜアンジェラのことを話さなかったんだ? 君はずっと避けていただろう」
気持ちを整理するには時間が必要だった。けれど、アンジェラのことを話さなかった理由は別にある。
エルシーが、アンジェラの話を聞いて、もしかしたら――
「アンジェラのことを知られたら、嫌われるとでも思ったのかい?」
不良魔法使いはテオの言葉にビクリと体を震わせた。発言したテオでさえ驚いたほどだ。
「ずいぶん正直な反応だね」
「うるさい!」
あきれるテオをイーサンがにらみつけた。背中から嫌な汗が噴き出してくる。
図星だが、認めたくない。
アンジェラとの別れを悲しんだのは事実だ。それなのに、イーサンの中でエルシーの存在が大きくなっていた。
だから軽口ばかりが先行してしまう。
「俺はあいつに嫌われようが、殴られようが……」
「強がりはよせ」
テオの冷ややかな声がイーサンを制した。かつて不良魔法使いにからかわれていた内気な青年はどこにもいない。冷静に物事を判断できる紳士が立っている。
「同じ失敗は繰り返すな。君は自分一人で抱え込んでいるつもりだろうが、アンジェラが苦しむ結果になった。彼女が亡くなるときも友人たちが心を痛めた」
イーサンは反論できなかった。何もかも取り戻せない過去だ。
「今の君の姿を見たら、アンジェラが悲しむよ」
三十七年前、自分たちの味わった苦しみ、悲しみはなんだったのかと。
「イーサン、自分の気持ちと正直に向き合うんだ。後悔しないためにも」
いつの間にか、テオも沈痛の面持ちでイーサンを見つめていた。
「自分の気持ちか……簡単に言ってくれるな」
魔法使いは恨めしそうに「それができたら苦労はしない」と愚痴った。
「言葉にすることは大事だよ。僕もこうして昔の恨みごとを君にぶつけられるんだからね」
茶目っ気たっぷりのテオが腕を組み直した。
「おまえに説教されるとは思わなかったぜ。でこ眼鏡!」
「アンジェラからの小言と思ってくれ。彼女を看取った人間の一人として言わせてもらっただけさ」
初めて聞かされた事実にイーサンが石のように固まった。
「それは、初めて聞いたが?」
「初めて言ったからね。後で墓地に案内するよ」
暢気な口調に戻ったテオに、イーサンは顔をしかめた。




