46 板ばさみ
接近してくる不良魔法使い――イーサンは明らかに仏頂面だ。
「イーサン……もう魔法院から帰ってきたの?」
「ああ、要件は済んだからな……そっちは?」
エルシーに返事をしながらも、イーサンの神経はセドリックに集中していた。考えてみると、二人は初対面だった。エルシーは慌てて二人を紹介する。
「こちらはセドリック・マッケンジーさん。マッケンジー院長の息子さん。前にも話したでしょう?」
「初めまして。もしかして、あなたが研究所の火事を消し止めた魔法使いですか?」
やはり相手を選び敬語を使っている。セドリックは屈託のない笑顔でイーサンに握手を求めた。一瞬、緊張が走った。
「ああ。イーサン・ブレイクだ」
イーサンは表情を崩さず、相手から差し伸べられた手を握り返す。エルシーはその動作がいかにも事務的だと思った。
「研究所で大きな火事があったと聞いていたので心配していたんです。犠牲者が出なかったのが不思議なくらいですね」
「つまらない魔法で放火したようだ。基本を押さえておけば炎を消すくらいは訳ないことだが。性格の悪さがにじみ出た魔法だったことはたしかだ」
淡々と答えるイーサンの隣りで、エルシーは魔法使いに違和感を覚えた。
――イーサン、何か怒ってるの?
第三者への対応でも、彼の口調がかたい時は不機嫌なことが多い。それ以外の緊張感も漂っているためエルシーは困惑した。魔法院で何かあったのだろうか。
「あなたのような優秀な魔法使いがいれば魔法研究所も安泰ですね」
「お誉めに預かり光栄だ」
イーサンの口数が少なく、会話が続かない。セドリックも少し困った様子を見せた。
「それじゃ、僕はこれで……仕事の準備の邪魔をするわけにはいかないから」
エルシーは慌ててセドリックを引き止めた。不良魔法使いの態度が気に入らなかったのかもしれない、と不安だったのだ。
「今日は少し顔を出すだけのつもりだったんだ。じつは父に無断で出てきてしまったんだよ。エルシーがよければ、また来てもいいかな?」
「ええ。是非! 楽しみにしています」
エルシーは本心からそう答えて笑顔でセドリックを送り出した。
視界の端で、こちらにやってくるテオとセドリックが軽く挨拶を交わしているのが見えた。
「彼はマッケンジーの息子さんだったね」
距離を縮めてきたテオの質問にエルシーはうなずいた。
イーサンを見上げれば、神妙な面持ちで考えごとをしている。
「あいつ、何しにきたんだ?」
「だから、火事のことを聞いて心配してきてくれたのよ!」
同じ質問にエルシーはいらついた。
「何か怪しいところでもあったのかい?」
「いや、握手をした時に何も感じとることはできなかった」
テオと不良魔法使いのやりとりにエルシーは心がざわついた。
「イーサン、何を言っているの?」
「マッケンジーは研究所に侵入したローブ男じゃなかった。他におまえや俺を狙ってる魔法使いがいるってことだ」
――院長とはちがう魔法使い?
「無理よ。セディーは魔法が使えないもの」
「おまえの言うとおりだ。あいつ、魔力の気配さえ微塵もなかったからな」
イーサンは浮かない顔のままだ。
「だが、完璧すぎるのは気に入らない」
そのつぶやきの真意が、エルシーにはわからなかった。
エルシーたちは屋外から所長執務室へ移動した。そこで魔法院での出来事を二人から聞いたのだ。
「マッケンジー院長が不正を働いたの?」
「事実を隠していたという点ではね」
三十七年前、神の足跡山脈の神殿でイーサンが龍と自分自身を封印したこと。龍の殲滅作戦に参加した人間の記憶を操作したこと、国王への虚偽の報告を行ったこと。それだけでも罪に問うには十分である。
「研究所の放火犯は別にいると考えているのね」
「ベンの仕業とは到底思えないからな」
エルシーは屋外での慌ただしいやりとりを思い出し、ふむと納得した。
「院長の息子が、魔法が使えないとは意外だったね」
「魔法使いの家系でも魔法が使えない者が生まれたり、覚醒が遅れたりすることはよくあるんだ」
魔法の才能がないと判断された者たちは、家族内でも蔑まれることがあるとイーサンは補足した。
「逆のパターンもあるけどな」
ごく普通の家庭に魔法を使える者が生まれることもある。魔法使いの誕生が必ずしも祝福されるとは限らないが。
――イーサンも、そうだったの?
魔法使いとして自立するまで、彼はどんな生活を送っていたのか。聞いてはいけない気がして尋ねたことはない。
「それにしても院長の息子と懇意とは……エルシーも隅に置けないね」
「ち、ちがうのよ! 前にマッケンジー院長が研究所にきたとき、彼が待合室で待たされていたから、お茶を運ぶついでにちょっと話しただけ」
街中で再会したのは偶然だし、弱腰のセドリックが気の毒に思えた。
「おまえは俺たちの知らないところで色んなお友達を作ってるなぁ。とりあえずこれは没収だ」
イーサンは、セドリックの土産であるバスケットをエルシーから奪い取る。驚きつつも、エルシーは不満を露わにした。
「イーサン、横暴だわ!」
小瓶入りの蜂蜜とジャム。セドリックの言うとおりスコーンに添えたらおいしいのに。
イーサンは、バスケットをそのままテオに手渡した。
「念のために中身を調べてみてくれ」
テオは受けとったバスケットの中身と、イーサンを交互に見遣る。
「あくまで念のためだ」
「わかった」
頬を膨らませるエルシーを不憫に思いつつも、テオは魔法使いの意見を尊重することにした。




