45 セドリック
エルシーは昼休みを待たずに屋外に出ていた。
明後日から研究所の仕事が再開される。エルシーは、魔法院に出かけたイーサンたちのことが気になって仕事の準備どころではなかった。もっとも、研究の準備はウィルがほとんど手配してくれた。
「マッケンジー院長がどこまで関係しているのかしら?」
――あの火事は、院長の仕業なのかしら。三十七年前に神の足跡山脈にも行っていたのよね。
魔法院の最高責任者である彼が、イーサンのような不良魔法使いを相手にするだろうか。しかし、エルシー自身の出自を把握している人間は限られている。研究所の人事担当者と所長のテオ。その決定を承認する魔法院。
だからこそマッケンジーへの疑惑は捨てきれない。イーサンが魔法院から持ち帰る情報次第ではあるが。
「エルシー!」
振り返ると、セドリック・マッケンジーが歩いてくる。
「セド……セディー! どうしたんですか?」
「研究所に来てくださいと言ってくれたから、お言葉に甘えて遊びに来たんだ。迷惑だったかな?」
彼は少し砕けた口調で話すようになった。魔法を使えないが、父親とはちがい彼の人柄に申し分ない青年だ。普段父親の補佐をしているが、魔法院の正規職員ではないため重要会議には参加できないと言っていた。
今日ここにいるということは、父親とイーサンたちの面会そのものを知らないのかもしれない。
エルシーは以前から彼の笑顔と優しい物腰に親しみを覚えていた。
「とんでもない! 大歓迎です」
「火事があったと聞いたけど、想像していたよりも被害が少なかったようだね」
セドリックは改修された建物を見上げて感心していた。彼は遊びにきたというよりも、火事の被害を心配して見にきてくれたらしい。
「本当はもっと被害が大きかったんですけど、魔法使いが鎮火してくれたうえ再生魔法で壁を修復してくれたものですから」
エルシーの説明にセドリックは目を瞠った。
「ここの職員には、それほどすごい魔法使いがいるんだ?」
「職員ではないんですけど、所長の知り合いで……」
セドリックは興味津々といった様子だが、何かを思い出したように「これを」と言って小さなバスケットをエルシーに渡す。中には小瓶がいくつも入っていた。蜂蜜と果実のジャムが数種類。どれも彩りがよく食欲をそそられる。
「何が喜んでもらえるかわからなかったから、僕が好きなものを見繕ってきたんだ。同僚の方たちと食べてみて」
「おいしそう! セディーもお家でこういうの食べるの?」
聞いてしまってから、エルシーは自分の失言に気づいた。魔法を使えないことで虐げられていた彼は、家庭内のことを話したがらない。
しかし、このときはちがった。
「子どものころにパンやスコーンにつけて兄とよく食べたよ。好きなジャムの取り合いになって母に叱られたっけ」
「お兄さま?」
父親の存在が大きすぎて、彼から他の家族について聞いたことがなかった。
「ステファンというひとつ違いの兄がいたんだ。まわりからも双子と間違えられるくらい僕たちは似ていたんだよ」
セドリックは懐かしそうに目を細めて兄のことを話す。父親について語るときに比べ表情が穏やかだ。しかし、なぜか過去形の話し方になる。
「三年前に亡くなって……僕もつらかったけど、両親には大きな打撃だった」
「そうだったんですか」
彼の重い口調に、ステファンが亡くなった理由を聞けなかった。
「あの、お気に障ることを言うかもしれませんが、お兄さまは魔法を使えたんですか?」
遠慮がちに尋ねたエルシーに、セドリックは気さくに答えてくれた。
「兄は優秀な魔法使いだったから、父もいずれ後を継がせるつもりでいたんだ。でも、兄が亡くなって……魔法が使えない僕にお鉢が回ってきてしまった。魔法を使える従兄を養子に迎える気でいるらしいんだ」
「そんな……!」
エルシーは絶句した。魔法が使えない人間がここまで冷遇されるものなのか。
「養子の話が決まったら、僕はマッケンジーの家を出るつもりでいる。そうなったら、僕も魔法の研究でもしようかな」
セドリックは清々しい笑顔を見せた。研究所で見た卑屈な青年の影は微塵も感じられない。何かが吹っ切れたような、晴れやかな笑顔にエルシーは少しだけ戸惑った。
「君は、それでも僕の友達でいてくれるかな?」
「もちろん! 私も実家から縁を切られた人間だもの」
エルシーは会心の笑みでセドリックに答える。
「エルシー」
気づくと黒髪の魔法使いが二人の元に近づきつつあった。機嫌でも悪いのか、その眉間に深い皺が刻まれていた。




