43 魔法院(1)
魔法衣の仕立て職人との再会を果たした翌日。イーサンはテオと共に魔法院に赴いた。
表向きは魔法研究所の火事の仔細を説明するという訪問理由である。イーサンはテオの助手という形で入場した。
魔法院は、神の足跡山脈に遺跡に残された神殿と雰囲気がよく似ている。白で統一された建物。厳重な防御魔法で守られているうえ、特殊な結界を張って魔法が無効化される。
言い換えれば、建物の中は魔法が使えない空間になっているのだ。魔法院内では、魔法使いも、そうでない人間も同等である。
「クルスさまですね。そちらは?」
入口の受付でテオが面会の確認をとると、係の者がイーサンへ視線を寄こした。
「私の助手です。院長も彼のことはよくご存知ですよ」
――会ったのはだいぶ昔のことだけどな。
イーサンが独りごちている間に、手続きは終わっていた。担当者に案内されてマッケンジーの執務室までやってきた。
「院長、シャルブルーム王立魔法研究所の所長テオドール・クルスさまと助手の方がいらっしゃいました」
係の者は自分の仕事に戻っていく。
「助手?」
マッケンジーは、書類から二人の面会人に視線を移した。若い男のほう――イーサンの顔を一目見るなり椅子から立ち上がった。
口をパクパクと動かすが、驚きのあまり声が出ないらしい。止むを得ずイーサンから話しかけた。
「ベン、久しぶりだな。俺の顔を覚えていてくれたようだな?」
「イーサン……っ」
マッケンジーの声はだいぶ掠れていた。不意をつかれた者が見せる不安が窺える。
「どうやって遺跡から帰ってきた? あれと一緒に眠っていたはずだろう」
あれ。龍の強大な力を見せつけられた者は、その名を口にしようとはしない。イーサンも少しは理解できる。
「とぼけるなよ。慌てて調査隊を引き上げさせただろう。俺たちが目覚めたと知って人払いしようとしたんじゃないのか?」
「ちがう! 君や龍が目覚めないように隠しておきたかっただけだ。国王の命令さえなければ、永遠に封鎖しておきたかったくらいだ」
イーサンが近づくと、マッケンジーはよろめいて立ち上がったばかりの椅子に座り込んでしまった。危害を加えられるとでも思っているのか。院内で魔法が使えないことを忘れているのかもしれない。
「私は君が目覚めたことさえ知らなかった。本当だ!」
「院長、なぜ三十七年前の真相を闇に葬ったのですか?」
最大の疑問をぶつけたのはテオだった。
「犠牲になった魔法使いや騎士はともかく、生き残った者もほとんどが現役を退いています。なんらかの手段で口止めをしたのではありませんか?」
マッケンジーは目をむいた。血走った目が映し出したのは、怒りよりも恐れの色だ。
「保護と管理を建前に遺跡を封鎖したのも、龍が生きていることを隠すためですよね
「ちがう! そうじゃない! 私はただ……」
マッケンジーは次の言葉をずいぶんとためらった。
「龍を退治した英雄として名誉が欲しかっただけなんだ。当時魔法院で働きはじめたばかりの私はただの雑用係に過ぎなかった。龍の殲滅計画に参加したのもチャンスが欲しかったからだ」
這い上がるために――魔法院の院長は弱々しい声で続けた。
「だが龍というものは、人間の歯が立つ相手じゃなかった。それに……」
マッケンジーは、イーサンを見遣る。
「君のような魔法使いに実力の差を見せつけられて私は焦っていた。そこにきて神殿での出来事だ。龍とともに自分を封印してしまった君と、茫然自失のアンジェラ。真っ先に駆けつけた私に悪魔が囁いたんだ」
重いため息が漏れ聞こえた。悔恨のうめきにもとれる。
「私はアンジェラを説き伏せて、龍は派遣された部隊で退治したことにした」
院長の言葉をイーサンは真っ向から否定した。
「そんなことをアンジェラが許すわけがない。他の連中だって黙っているはずが――」
「口をつぐんでもらうために金を積んだのですか?」
テオからの質問に、マッケンジーは首を横に振る。
「私には人を支配できるような財力はなかった。忘却の魔法と傀儡の術を使った」
「まさかアンジェラにも?」
イーサンがマッケンジーの胸倉をつかんだ。
「彼女には使っていない。渋々だが私の提案を了承した」
イーサンの剣幕に圧倒されながらも、マッケンジーは説明した。アンジェラは最初反対したものの、龍を封印しておくためにはイーサンを神殿で安らかに眠らせておくべきだという意見に同意したという。
「反対しすれば、君に関する記憶を消されると思ったのかもしれない」
最後に、マッケンジーはそうつぶやいた。
「信じられませんね。院長はイーサンが覚醒したことを知らないと仰いましたが、研究所に放火したことと矛盾しています」
「放火? 冗談じゃない!」
胸倉を掴まれたままのマッケンジーは必死に抗議した。
「私が火を放ったところで君に返り討ちにされることは目に見えている。けんかを売る相手くらい選ぶ。君は一体いつから研究所にいたんだ?」
イーサンはその問いかけに平静を取り戻した。
――コイツは、俺がウィルの体に憑依していたことを知らないのか。
不良魔法使いは、肝心なことに気づいた。




