42 夕焼けの二人
オレンジ色の夕焼けが石畳の路地を染めあげていた。
「ドリスの店」からの帰り道、黙り込んでしまったイーサンの背中をエルシーも無言で見つめる。
――やっぱり怒ってるのかしら。
イーサンにしてみればだまし討ちに遭ったようなものだろう。肝心な目的を言わずにハリソンのもとに連れて行ったのだ。
おまけに想像もしていなかった事実に二人は驚いた。ハリソンとドリスが夫婦であることだ。
イーサンでさえ飲みかけのコーヒーを吹き出すほど衝撃を受けていた。
「この店をはじめたばかりのころに、客が親子と勘ちがいしたのを否定せずにいたら、すっかり親子設定が浸透しちゃって」
客足が途切れた時間にドリスがカラカラ笑って話してくれた。年の差はあるが、理解し合っている二人の姿にエルシーは好感を抱いた。
「おまえ、ウィルと何かあったのか?」
背中を向けたままイーサンが尋ねてきた。
研究所の片付けや修復の作業中に何度か同じ質問を受けたが、そのたびに答えをごまかしていた。ウィルとエルシーの関係は依然と変わっていなかったからだ。
「ウィルと何かあったわけじゃない。何かあったのは、私自身というか――」
眉をひそめたイーサンが振り返った。黙ったまま、エルシーに続きを促している。
「この一ヶ月、色々あったよね。私もイーサンも、テオに協力してもらったからこそ今こうしていられる。私にはそれがすごく大事なことで、魔法の重さみたいなものを感じるようになったの。だから、興味本位で研究するのはどうかなって。でも、ウィルは遺跡でケガをする前と全然変わってない」
これまで目標にしていたウィルと話していても、研究への情熱を共有できなくなっていた。会話がかみ合わないこともある。
「私はただの助手。ウィルは、私がいなくても研究さえできれば不満なんてないんじゃないかなって思うようになったの。こんな風に考えるの自分勝手かな?」
「いや」
イーサンは返事をしてくれたが、彼に質問すること自体おかしな話だ。
誰かに説明できるよう心を整理するのに一週間かかった。研究所の片付けにかかった時間とほぼ一緒だ。
「少し時間と距離を置けば落ち着くと思う。だから、大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがとう」
「気を遣ってるわけじゃねえよ。俺自身の生活に影響するから聞いておきたかっただけだ」
最初照れ隠しかと思ったが、少し歩いてからエルシーは気づいた。
――イーサンの生活に影響するって、どういう意味だろう?
「ハリソンさん、魔法衣を作ってくれるって言ってた?」
「採寸しただけだ。昔から直感や思いつきで魔法衣を作る芸術家肌なんだ……あれでもな」
ハリソンの外見からは「芸術家肌」という言葉は縁遠く聞こえる。
「楽しみだね」
「あまり期待しないほうがいい」
魔法使いからそう言われても、エルシーの胸は期待に膨らんでいた。ハリソンが仕立て屋の仕事に未練があったことを薄々気づいていた。
「ハリソンさんはきっかけが欲しかったんじゃないかな」
再び魔法衣を仕立てる理由。イーサンのような魔法使いを待っていたにちがいない。
「今度、テオと一緒に魔法院に行く」
「どうして?」
話題が急に変わったうえ、ことの重大さにエルシーは理由を聞かずにはいられなかった。
「自分の体に戻れた今だからこそ、マッケンジーに会わなきゃならない。三十七年前のことを聞き出す」
「遺跡でのこと?」
イーサンは「そうだ」と答えて、歩く速度を落としてエルシーの歩調に合わせた。
「真相を確かめたい。そうでないと俺は歩き出せない」
思い詰めた魔法使いの表情に、エルシーは自分の知らない過去が関わっているのだと直感した。決して埋められない心の穴だとしたら、彼のために何ができるのだろう。
「わ、私は魔法院についていけないよね」
「魔法院では魔法使いの出入りが激しい。おまえの指輪が反応したら、俺は気が気じゃない。言ってる意味がわかるか?」
左薬指の指輪に視線を落としてエルシーは答えた。
「魔法使いが大勢いると、誰に反応してるかわからないんだよね」
イーサンからもらったお守りの指輪は、一定の魔力を越えると反応してしまう。魔法院で働けるレベルの魔法使いならば指輪が反応して当然だ。
「大人しく研究室で待ってろ」
「イーサンこそ妙な揉め事を起こさないでね」
なんと言っても彼は不良魔法使いだ。口が悪いイーサンのことだから、魔法院の人間の反感を買うくらい造作もないことだろう。エルシーは最後まで言わなかったが、言いたいことが顔に出てしまったらしい。
「要件さえ済めばすぐに帰ってくる。あそこは長居する場所じゃないからな」
イーサンにとって魔法院は居心地のいい場所とは言えないようだ。エルシーはそれ以上釘を刺すことはせず、魔法使いと並んで研究所まで歩いた。




