41 仕立て屋との再会
「エルシー。その店まで、どれくらいかかるんだ?」
「もうすぐ着くわ。ドリスさんの料理はどれもおいしいって評判なの」
イーサンはエルシーと街を散策していた。正確にはエルシーのお供だ。
火災の後片付けにほぼ一週間かかった。宿舎の修繕も順調で翌週からは火事以前と同じように利用できることになっている。イーサンも仮職員として部屋を借りることになっている。
ウィルは研究に戻れると喜んでいるが、対照的にエルシーは浮かない顔をしていた。イーサンが理由を聞いても「なんでもない」と答えるばかりだ。
――調子が狂うな。
普段は彼女のほうがイーサンを叱り、なだめ、励ましているのに、今は両者の立場が逆転している。
イーサンは、エルシーを気分転換に街へ連れ出した。
「おまえには、これまでの仮があるからな。行きたいところでもあればつき合うぞ」
前日の朝。イーサンがそう伝えたところ、エルシーはぱあっと顔を輝かせて喜んだ。
彼女は出かけたい場所があって、目的の店には一人で入りづらいという。イーサンが同行してくれるなら――と一緒に外出したのだ。
エルシーは迷子になりながらドリスという店主の店にたどり着いたと聞いていた。
「名前がない店なんてよく見つけたな」
「迷うたびに人に道を尋ねたの。お店の雰囲気も良くてイーサンもきっと気に入るわよ」
何度か角を曲がって到着した「ドリスの店」はエルシーの言うとおり看板がない店だった。客の出入りがあるので、かろうじて店だとわかるが迷子になるのも納得できる。
「エルシーちゃん、いらっしゃい。今日のお供は猫ちゃんじゃなかったのね」
しかし、店主であるドリスの出迎えは予想外だった。
「あなたがエルシーちゃんの魔法使い? 思っていたよりもずっと若いし男前じゃないの」
褐色の肌の美女は、店の二階に向かって呼びかけた。
「ハリソン! エルシーちゃんが魔法使いを連れて来たわよぉ。いい加減会ってあげなさい」
その様子を見ていたイーサンは、すぐさまエルシーに問いただした。
「ハリソンってまさか……魔法衣の仕立て職人か?」
「そうよ。魔法使い本人を連れてこないと魔法衣は作らないって言うんだもの」
ハリソンと魔法衣。
事情を悟ったときには、すでに手遅れだった。
二階から下りてきた巨漢が、イーサンの顔をにらみつけていたのだ。しかし、その顔は魔法使いを見るなりこわばっていた。
「不良魔法使い! おまえ、なんで昔のままなんだ? あれから四十年近く経ってるんだぞ!」
「三十七年だ。あんたは老けたな。その頭じゃ俺の顔が映り込みそうだ」
口の悪さはお互いさまらしい。
「その減らず口……本物のイーサン・ブレイクか!」
魔法衣の仕立て職人ハリソンは、かつての注文主の顔を忘れていなかった。
イーサンという魔法使いの存在を覚えていたのは、テオ以外では初めてだった。
ハリソンは、殴りかかるのではないかというほど殺気に満ちた目で魔法使いをにらみ、次の瞬間には柔和な笑顔でイーサンを抱き締めた。
これにはエルシーやドリス、店に居合わせた客たちまでも驚いて身を乗り出した。一番驚いたのはイーサンかもしれない。
「おまえ、生きていたのか……よかったなぁ! 本当にシャルブルーム王国一番の魔法使いだったんだな」
抱き着かれたままイーサンは背中を何度もたたかれた。
苦しいし、痛い。だが、心のどこかで喜んでいる自分がいた。
事情を知らない相手から、帰還したことを喜ばれたのは初めてだった。
「イーサン。おまえも魔法使いを引退しちまうのか」
やっと魔法使いを解放した大男の言葉は直球だった。
「みんな龍との戦いに疲れちまって、せっかく生きて戻ったヤツらも廃業しちまったよ。龍の力に比べりゃ自分はちっぽけなもんだってな。それに人生は一度きりだ。ヤツらを止めるつもりもなかったし、一張羅仕立てて送り出した俺も潮時だと思って店を畳んだ」
イーサンは黙ってハリソンの言葉に耳を傾けた。
龍との凄惨な戦いを生きぬいても、魔法使いの多くは無事では済まなかった。現役を退いていく彼らを誰も責めることはできなかっただろう。
「だがな、イーサン。おまえはやめるな」
ハリソンの言葉にイーサンは目を瞠った。
「俺のところまでやって来て、おまえの魔法衣を作ってくれと頭を下げてくれるお嬢ちゃんがいるんだ。応えてやらないでどうする」
「頭を下げて……?」
自分のために、エルシーが頭を下げてまで魔法衣を注文しているとは思わなかった。
「そんな大袈裟なことじゃないのよ」
エルシーは赤くなって弁解するが、ドリスも黙っていなかった。
「最初にこの店に来たときは、ハリソンに会わせてもらえるまで帰らないって粘ったのよ。いまどき男のために苦労を背負い込む女のコなんて貴重よ。大事にしてあげなくちゃ」
「ドリスさん!」
店主の言葉を遮るようにエルシーは声をあげた。
「せっかく来たんだ。採寸くらいしていけ」
ハリソンが顎をクイッと突き出して、階段へとイーサンを誘導した。イーサンは、のしのしと階段を上っていく巨漢を目で追うだけだ。
「チャンスがあるだけ幸せなことだ。必要なのは覚悟だけだぞ」
顔だけ振り返ったハリソンは真剣なまなざしでイーサンに挑んできた。
――また覚悟か。
現在に至るまで、どれだけの犠牲を払ってきただろう。魔法使いは途方に暮れた。
だが、何もせずとも危険は迫ってくる。
謎の魔法使いと龍の生存が確認された今、エルシーや魔法研究所を誰が守れるのか。
誰が。
イーサンは口を引き結び、一歩踏み出した。
ゆっくりと階段を上がっていく――意を決したように。




