39 混乱
「大人げないよ、イーサン」
「放っとけ」
エルシーの部屋を出たイーサンは文字どおりふてくされていた。テオにたしなめられるのも無理はない。
テオの書斎に通され、魔法使いはソファーに腰を下ろした。
はじめから結果はわかっていたはずだ。
ウィルの肉体から離れれば、彼女の関心は本命の相手に戻る。
――それじゃ俺が相手にされずにすねてるみたいじゃないか。
実際のところ、テオが言うとおり大人げない反応だった。
エルシーがウィルに好意を寄せていたことは、最初からわかっていた。だからこそ彼女の協力を取りつけることができたのだ。
研究所に雇われただけあって魔法についての知識も豊富。イーサンの会話についていけるだけの頭脳を持っている。エルシーは申し分ない協力者だった。
イーサンが自分の体に戻ることができたのは、彼女のおかげだと言っても過言ではない。感謝はしてもエルシーに不満を抱くのは筋違いというものだ。
そんな権利はない。
「でこ眼鏡。エルシーから聞いたんだが、研究所に何者かが侵入していた。そいつが魔法で火を放ったんだ」
「あそこに放火できるなんてただ者じゃないね」
「しかも厄介な性格だぞ」
研究所に施された防御魔法を破ってまで、火を放った人物は自分の能力を誇示したかったのだろう。中立を守っていた精霊たちをねじ伏せ、火事の片棒を担がせた。
「自分の力を見せつけたかったのか……自己顕示欲の塊ってことか」
魔法使いであることは間違いない。エルシーに危害を加えなかったのはただの気まぐれだろうか。
「まるで彼女の保護者のようだね」
「仕方ねえだろ、あいつは鈍臭いし誰かが守ってやらねえと」
イーサンはテオにからかいにそれらしい言い訳で返した。
「しかし穏やかじゃないねぇ。盗賊の残党にエルシーの情報を流した人物もいた。おまけに研究所に乗り込んで力自慢していく魔法使いか。これ以上の珍客は勘弁してほしいよ」
特別な能力を持たないエルシーが、なぜか騒動の渦中にいる。
イーサンには他にも気になることがあった。
「それと……自分の体に戻って気づいたことがある。ウィルの体が俺の感覚を鈍らせていたんだ」
魔法使いの言葉にテオが眉をひそめた。
イーサンにとって魂の避難所になってくれたウィルの肉体だが、同時に外界から受ける刺激に対して緩衝材になっていたのだ。そのために魔力や人の気配に対して反応が遅れてしまうことが何度もあった。
「自分の体に戻ったら色んな気配に気づいたよ。だからわかるんだ。エルシーの言っていたローブの男は実在するし、他のモンも王都にいる」
「他のものだって?」
テオは思い返してみた。イーサンが危惧する事態とはなんなのか。
三十七年前までテオは記憶をさかのぼり、その対象に思い当たった。
「まさか……君と一緒に封印されていた龍のことか!」
「感覚は完全に取り戻せたわけじゃないが、間違いない」
――あの龍は生きていて、この王国にいる。おそらく俺たちの近くに。
「龍か。本当に参ったな」
テオは目を伏せて頭を振る。
「イーサン、君もここに滞在して警戒に当たってほしい」
「……どうせ無一文だからな」
テオは「素直じゃないな」と苦笑した。エルシーを見守るにも都合がいい。
「この件が片付いたら、君がまた魔法使いとして自立できるように魔法院にかけ合ってみるよ」
「魔法院か……その前にマッケンジーに会いに行く必要がある」
自分の体に戻ることができたら、必ずマッケンジーと面会する――イーサンは早い段階で心に決めていた。
「なぜマッケンジーなんだ?」
「色々と確かめたいことがある。あいつに会わないことにははじまらないんだよ」
聞きたいことが山ほどある。答えを知っている可能性があるのは当時イーサンとともに龍の殲滅計画に参加していた人間。
魔法使いベンジャミン・マッケンジーくらいなものだ。
「わかった。魔法院に面会を申し込んでみよう。その前に、ぜひとも研究所の後片付けに協力してくれ」
「冗談だろ、なんで俺が……」
イーサンは抗議しかけて、殺気のこもったテオの視線に口をつぐんだ。
「嫌とは言わせないよ。君の魔法で破壊された部分もあるんだからね」
笑っているのに、目はまったく笑っていない。敵にまわすと後々厄介なので、イーサンは仕方なく了承した。
「やればいいんだろ、やれば!」
不機嫌そうな魔法使いの言葉に対して、テオは満足げに微笑した。




