35 不良魔法使いの完全覚醒(1)
指輪が発する熱と光に気づいたイーサンは、ベッドから飛び起きた。
ウィルの体に憑依しているため、彼の部屋を利用させてもらっている。
「また反応しやがった! あいつ、おかしなやつばかり引き寄せやがって」
ゾクゾクと背筋が震える。昼間とはまるでちがった。簡単な上着を羽織って指輪の気配を追いかけた。
――なんであいつばかりが狙われる?
エルシーは公爵家出身であること以外は特別な血筋の人間ではない。それにも関わらず周囲に魔力を持った者がうろついていることになる。
先ほどは出遅れたが、彼女に危害を加えられでもしたら自分を許せなくなりそうだ。
彼女は文句を言いながらも、自分のために協力してくれる大事な理解者なのだから。
指輪の気配は研究所から感じられた。
しかも、研究所からは煙が上がっている。
「くそ!」
すでに急を要する事態らしい。
研究所へ駆けつけると、異変に気づいた職員たちがちらほら宿舎から出てきていた。
「イーサン!」
呼び止めたのはテオだった。
「でこ眼鏡、なんなんだよ、この火事は! エルシーは?」
「非常事態だ。この研究所で火事なんてあり得ない」
ずっと昔、防御魔法が施されていると聞いていたが、この炎にはまったく効果がないらしい。
「中にエルシーの気配を感じる」
「まさか!」
エルシーが指輪を外そうとしても簡単に外せないよう作ってある。イーサンが与えた指輪が研究所の中にあるならば、彼女も中にいると考えるのが自然だ。
研究所の左棟の窓が次々と割れていく。まるで風と炎が暴れているかのようだ。
「待つんだイーサン!」
研究所へ入ろうとするイーサンをテオが制止した。
「どうして止めるんだ! あいつが中にいるんだぞ、放っておけるか!」
「おそらく、彼女は君の体の近くにいる」
テオの言葉に、イーサンの表情がこわばった。
「あの子は賢い。君の体の安全を確保するために全力を尽くしているはずだ」
「何が言いたいんだ?」
「イーサン、自分の体に戻るんだ」
答えは簡潔だった。
「君が体に戻れば、彼女のそばに行ける」
「簡単に言うな! それができれば苦労はないっつってんだろ」
イーサンがテオをにらみつけたが、逆にテオからにらみ返された。
「できるはずだ。いや、君ならできる。龍まで封じ込めたことを思い出すんだ!」
昔の敵は本物の龍だった。
もう後はないと覚悟を決めたのだ。今だって、一歩間違えれば取り返しがつかないところまで来ている。彼女の命に関わる事態なのだから。
「どうやって……」
研究所正面の玄関へ目を凝らす。
彼女がそばにいるのであれば指輪の気配で大体の位置がつかめる。
目を閉じて、イーサンは気の流れを読む。風と炎の精霊たちが呪文に抗えず暴れている。
「やはり何者かの魔法が発動している」
防御されているはずの研究所が火事に見舞われたのも、防御魔法以上の魔力が注ぎ込まれているからだろう。だが、優先すべきものが他にある。
――エルシー。
指輪の気配を追う。自分の魔力を込めたものは魔道具としての役割も果たせるはずだ。
神経を集中すると、視覚と聴覚が完全に遮断された。
代わりに、血が全身を駆け巡っているのがはっきりわかる。源となる鼓動が強く脈打っている感覚も。
前にも同じことを経験している。
死を意識した時に覚えたものだ。
――必ず守ると言ったんだ……今度こそ!
「イーサン!」
テオが気づいた時には、すでにその現象ははじまっていた。
イーサンの足元の小石が、彼を中心にして円を描きながら回転してる。
魔法使いは、己の中に流れる風をたしかに感じとった。
――これなら、いける。
イーサンが急に倒れ込み、テオが慌ててかがみ込んで呼びかける。
「イーサン、どうしたんだ?」
体を揺すって声をかけると、小さなうめき声が返ってきた。
「大丈夫かい?」
「うぅっ、頭が痛い。ここはどこなんだ」
うっすら開いた彼の目は虚ろだった。しかし、時間が経つにつれて焦点が定まってきた。
「テオ。僕はなんで地面に倒れているんだろう? 遺跡にいたはずなのに」
「……ウィル?」
それは、体の持ち主であるウィルの意識が覚醒したことを意味していた。
「それじゃ、イーサンは――」
テオは燃え続ける研究所を見遣った。




