33 けんか
「だから、研究所の近くまでセディーに送ってもらっただけよ」
「セディー……セドリックってのは、マッケンジーの息子だったな」
ウィル個人の研究室に戻るやいなや、エルシーは外出先でどこの誰と会ってきたかを事細かく追及された。
エルシーは、ドリスの店で時間を潰したこと、研究所までの道中でセドリック・マッケンジーに出会ったことを話した。ハリソンがドリスの店に下宿していることは黙っていた。
「私の指輪が反応したのはいつごろなの?」
「俺が市場から戻ってからすぐだ」
イーサンの答えから、ドリスの店に着くころには指輪は何かを感知していたらしい。
「他に立ち寄った所はないわ。魔法使いなんて普通の格好をしていれば区別がつかないわよ」
魔法使いがそれとわかるのは、彼らが自身の力を増幅させるために魔法衣や魔道具を身につけているからだ。普通の格好をしていれば一般人と見分けがつかない。
「言い忘れてたけど、セディーは魔法が使えないのよ」
「本人がそう言ってるだけだろう。おまえをだましているのかもしれない」
イーサンは腕を組みながら、エルシーをにらむ。
「セディーが私をだましてなんの得があるっていうのよ!」
「俺たちが遺跡で何を見聞きしてきたのか知りたいんだろ。三十七年前のことが公になれば、父親は今の地位を失うことになる」
一理あるが、セドリックが父のためにスパイしにきたとは思えなかった。あえて父親から距離を置いているように見えたほどだ。
「イーサンこそ、指輪が反応したらすぐ駆けつけるようなこと言ってたけど、私が帰ってくるまでほったらかしだったじゃない」
図星をつかれて魔法使いはひるむ。自分が知らぬ間に魔法使いと接触していたことよりも、エルシーにとっては丸半日放置されていたことのほうがショックだ。
「自分は勝手に出かけて歩きまわってるくせに、私を尋問するなんてあんまりよ!」
先に外出したのはイーサンのほうなのに、自分が責められるのは理不尽に思えた。
不満を訴えているうちに、自分でも怒りが押さえられなくなってきた。
「自分勝手に動きまわってるくせに……私のことばかり責めないで!」
「うるさい!」
ウィルの声なのに、ウィルとは思えない怒鳴り声だった。エルシーはその声の大きさに身をすくめる。父親とのけんかでさえここまで声を張り上げられることはなかった。
見れば、イーサンもハッとわれに返ったようだ。
「イーサンのバカ!」
エルシーは感情のままに叫ぶと、研究室を飛び出した。
ひらり。
エルシーが目を覚ましたときには、すでに日が沈んでいた。
研究室を飛び出したところで、行くあてなどなかった。実家からは勘当され、頼る友人もないエルシーには、結局魔法研究所の職員宿舎しかなかったのだ。
自室に戻ってふて寝していたら、本当に熟睡してしまったらしい。
「私ってば何をやってるんだろう」
大人げないと思いながらも怒りがおさまらなかった。抗議の声をあげることが精一杯の抵抗だった。
これまでのエルシーには考えられない事態である。今こうしている時も、研究以外のことで頭がいっぱいになっている。
すべてあの魔法使いのせいだ。
十分眠ったせいで目が冴えてしまった。ベッドの中で過ごすには、夜はあまりにも長すぎる。
「本でも読めば――」
魔法参考図書の続きを読もうとして、エルシーはある事実に気づいた。
読みかけの本をウィルの研究室に置いてきてしまったのだ。昼休みや空き時間に読もうと携帯していたのを、イーサンの尾行に気を取られてすっかり忘れていた。
――この時間ならイーサンはいないはずだ。
肉体が順調に回復している現状では、彼が夜中に研究室に詰めているとは考えにくい。
今なら守衛に頼めば中に入れてもらえるかもしれない。
エルシーは研究室へと急いだ――それが重大な選択であることも知らずに。




