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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
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32 帰り道

「またいつでも来てちょうだい。あなたの魔法使いに会うのを楽しみにしているわ」


 店を出る際にドリスは笑顔で送り出してくれた。気さくな彼女の笑顔は客たちを惹きつける。店が繁盛しているのも彼女の人柄ゆえだろう。


 エルシーは「あなたの魔法使い」などと言われて照れてしまう。


「ルーカスはまだついてくるの?」


 エルシーの問いに答えるように猫がミャウっと鳴いた。愛らしい目をくりっとさせて見上げられると、かき抱いて研究所へ連れ帰ってしまいたくなる。


「研究所では動物を飼うことができないの。あなたが研究対象になるような生き物だったらよかったのにね」


 猫はしばらくの間、エルシーと並んで歩いた。

 広い大通りに戻り、研究所へ歩き出した直後のことである。王宮のほうから走ってきた馬車がエルシーの前で止まった。


「エルシーさん」


 馬車の小窓から顔を出したのはセドリック・マッケンジーだった。魔法院の院長マッケンジーの息子である。


「セドリックさん!」


 彼は喜んで馬車から下りてきた。セドリックとは一度しか言葉を交わしていないが、父親と比べて話しやすく、エルシーはこの青年に好感を抱いた。こうして声をかけてくれるだけでも身近な存在に感じる。


「覚えていてくれたんですね。今日は僕一人なのに」


セドリックの言っている意味がわからず、エルシーは首をかしげた。


「魔法院の馬車でも、家紋がついている馬車でもないから、僕だと気づいてもらえないかと思って」

「まさか! そんなことはありませんよ」


 ばかばかしいとエルシーは笑い飛ばした。


「大半の人は、僕の顔などほとんど覚えていないのです」

「失礼な人たちですね」


 セドリックの言うような人間たちは、エルシーが最も敬遠している人種だった。父親のハミルトン公爵は、エルシーが魔法と関わることに反対はしても、家柄で人を差別するようなことはしなかった。


「研究所へ帰るんですか?」

「はい。じつは研究所を抜け出してきたので」


 さすがにイーサンを尾行していたとは言えない。セドリックは「エルシーさんは面白い人ですね」と笑って、研究所まで馬車で送らせてほしいと言ってきた。


「でも、この子がいるから馬車では……って、あれ?」


 さっきまで足元にいたルーカスがいなくなっていた。馬車の音に驚いて逃げてしまったのだろうか――周囲を探しても姿が見当たらない。

以前と同様に猫は神出鬼没らしい。


「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」


 馬車に乗り込むと、思いがけず座席の座り心地がよかった。


「この馬車はお家の馬車ではないんですか?」

「家の馬車ですけど、ウチの家紋がついていると目立ちますから。こまごまとした雑用をこなすときには、こういった馬車をよく使うのです」


 エルシーも経験したことがあるのでよくわかる。家紋つきの馬車に乗っていると挨拶しに寄ってくる者が多い。


「エルシーさんは魔法使いにも興味がありますか?」


 セドリックの質問にエルシーの肩がびくりと揺れた。一瞬、自分が置かれている状況を知られているのでは――とエルシーは焦る。


「魔法使いという職業に興味があると思ったので」


 セドリックが屈託なく笑ったので、エルシーもつられて笑った。


「もちろん魔法使いには興味があります。魔法の使い方を見れば、人となりがわかる気がするんです。それぞれ特徴があるはずですから」


 不良魔法使いと呼ばれるイーサンだが、研究室でイーサン自身の体に使う呪文を探しているときの集中力は目を見張るものがある。呪文を唱えるときはさらに慎重だ。自分が使う魔力の大きさを意識しているからだ。


「エルシーさんには、そんな魔法使いのお知り合いがいるんですね。お会いしてみたいなぁ」

「そ、そんな……あっ、そこで止めてください!」


 研究所の正門まで送ってもらうと、抜け出したことが派手にばれてしまう。一つ手前の曲がり角で馬車を止めてもらった。


「本当にここでいいんですか?」

「ここからなら歩いてすぐですから。セドリックさんもまた研究所へいらっしゃってくださいね」


 セドリックは、歩き出そうとしたエルシーを呼び止めた。


「僕を友人と思ってくれるのであれば――さんづけではなく、どうかセディーと呼んでください」

「セディー……では、私のこともエルシーと呼んでくださいね」


 セドリックは笑顔で「そのうち遊びに行きます」と社交辞令で返し、馬車を出した。


 ――優しい人だな、セドリックさん。


「あ、セディーか」


 一度しか面識のないエルシーに対しても彼は紳士的だった。そんな彼でもマッケンジー家ではどんな待遇を受けているのだろう。魔法使いの家系に生まれ、魔法が使えないという彼の立場はどういうものなのか。

 馬車が遠ざかっていくのを見ながら、エルシーはため息をついた。


「エルシー!」


 研究所の正門からイーサンがやってくる。魔法使いの額にしわが寄っている。


「イーサン、そんなに慌ててどうしたの?」

「おまえこそ、今日はどこへ行っていたんだ?」


 尾行していた相手から逆に外出先を追及されるとは思わなかった。


「お茶を飲んできたの。イーサンだって適当に時間を潰せって言ってたでしょう」

「誰かと一緒だったんだろ?」

「それは……色んな人と会ったわよ。お店に入ってお茶を飲んできたんだから」


 答えを聞いたイーサンはむすっとしたまま、自分の手をエルシーにかざして見せた。彼の左手の薬指にエルシーと同じ指輪がはまっており、それが淡い光を放っている。


 ――私の指輪と対ってことは……ペアリング?


「初めておまえの指輪が反応した。今日、おまえは魔力を持った何者かと接触していたはずだ」

「私が?」


 魔法使いの言葉にエルシーは驚きを隠せなかった。


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