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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
31/71

31 猫は神出鬼没

 エルシーは人混みを歩きながら自問自答した。


 ――私、何をしてるんだろう?


 珍しくイーサンが呪文探しをサボった。「体が十分回復してきたから」とエルシーに説明した魔法使いは、その足で行き先も告げずに研究室を出た。

 エルシーはその後を追い、彼に見つからないように追跡している。

 彼が自分の体を放ってまで何をしているのか気になった。本当なら少しでも早く自分の肉体に戻りたいはずなのに。


 ところが、研究所から市場まで移動すると、人の往来が一気に増えてイーサンを見失ってしまった。しばらく探してみても彼は見つからず、渋々道を引き返すことになった。


「せっかくだから、ドリスさんのお店に行こうかな」


 『ドリスの店』の客として顔を出すぶんには問題はないはずだ。それに彼女の淹れてくれたココアをもう一度飲みたいのは本心である

 前回迷った細い路地を克服し、真っすぐ店にたどり着けた。


「エルシーちゃん、いらっしゃい!」


 店に入るなり、ドリスが抱きついてきたのでエルシーは驚いた。


「ハリソンの気迫に押されて二度と来ないお客も多いから……また会えて嬉しいわ!」


 理由を聞けば、大袈裟に思えた歓待かんたいぶりも納得できた。


「それで?」


 ドリスは店の戸口に視線を配り、同伴者がいないか確かめている。ハリソンの条件どおりに魔法使いが一緒だと思ったのだろう。


「今日はエルシーちゃんと、その子だけ?」

「は?」


 ドリスが指をさしたのは、エルシーの足元。

 いつかの金茶色の猫が、ゆらゆらと尻尾を揺らしエルシーたちを見上げている。

 ミャウウゥ


「ルーカス! いつの間に――」


 エルシーは素直にルーカスに会えたことを喜んだ。イーサンが盗賊たちを撃退して以来、猫は姿を現さなかった。乱闘の最中にケガでもしたのではと心配していたのだ。


「可愛いお供を連れて来たのね。じゃあ、その子はミルクでいいかしら?」

「はい。私はココアをお願いします」


 ドリスの店は動物を連れてくるのも認めているという。

 テーブルについたエルシーは、ルーカスを膝の上に抱いてふわふわの喉元をなでた。


「元気そうでよかったわ。最近顔を見せてくれないから寂しかったのよ」


 ルーカスは気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らしている。


「肝心な魔法使いさんは?」


 ココアとミルクを運んできたドリスは遠慮なくエルシーに尋ねた。


「まだ時間がかかると思います。でも、本心から魔法使いをやめたいと思っているわけじゃないのかも。だから魔法衣は必要なんです」


 エルシーの希望的観測に過ぎないが、何事も前向きに考えていくしかない。


「その魔法使いさんのこと、少し教えてよ」


 ドリスは他の客がいないのをいいことに同じテーブルの席に座ってエルシーにねだった。

エルシーはイーサンのことをあまり知らなかった。

 名前と魔法使いであること、シャルブルーム王国のために龍の殲滅せんめつ作戦に参加したと聞いている以外は確認できていない。

 出身地や魔法使いになった経緯いきさつも知らない。


「年齢は?」

「たしか、五十八歳のはず」


 三十七年前に二十一、二歳と言っていたから、本当ならイーサンはテオと同じくらいの年齢だ。


「ずいぶん年上の人なのね」

「でも、見た目はすごく若いんです」


 エルシーの答えに、ドリスは「若作りした五十代?」などと首を傾げている。三十七年間年をとっていないとは言えない。

 イーサンについて他に言えることと言えば――エルシーは思い浮かんだ順に口に出してみた。


「口は悪いし、人の都合はお構いなしだし、売られたけんかはすぐに買っちゃうし、まわりからは不良なんて言われてるし……ちょっとちがうところもあるけど」


 ――でも、みんなが言うほど不良じゃないと思う。


「ちがうところって?」

「魔法使いとしての腕はいいし、口の悪さに似合わず優しいし、女の人に泣かれるとうろたえちゃうし……」


 指折り数えると長所と短所が入り混じっていて矛盾だらけだ。横で聞いているドリスはクスクス笑っている。


「本当に、その魔法使いが好きなのね」


 ドリスに言われたとたん、エルシーの顔は真っ赤になった。


「ちがいます! そんなんじゃ……」


 すべてはウィルのため。ウィルの体の安全のために不良魔法使いに協力している――はずだったのに。

いつの間にかイーサンのことが気になっていた。普段自分本位に行動するくせに、肝心な時に他人のために自分の身を投げ打ってしまう彼のことが。


 ――一人で抱え込んでしまうから。


 今日、魔法使いを尾行したのも無茶をしでかさないか心配だったからだ。

 それがドリスの言う「好き」という表現に相応しいかわからない。ウィルに対する感情と比べられるのかも。

 戸惑うエルシーに、ドリスは不思議な笑みを浮かべていた。


「時間が許す限りゆっくりして行ってね」


 ドリスは、それ以上エルシーを追及することなく席を立った。


 ――好き?


 否定したい。

 けれど、完全に拒否できない気持ちが、エルシーの中にたしかに存在している。


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