30 不良魔法使いに必要なもの
「どうしたイーサン? 浮かない顔だな」
夜中にテオの執務室を訪ねると、案の定書類の山と格闘する彼の姿があった。
書類から訪問者に視線を移すと、部屋の主は眉をひそめた。それだけウィルの……いや、イーサンの表情が暗かったからだ。
「少し昔のことを思い出していた」
「……遺跡での出来事かい?」
大きく息を吐き出したイーサンは無言でうなずく。
「あの時は龍の被害を最小限に止めるしか道はなかった。俺の判断は間違っていない」
「思っていない……けど?」
テオに続きを促されると、少しの間を置いてからイーサンはその心情を吐き出した。
「間違いはなかったはずなのに、わからなくなった」
テオは机に肘をつきながら指を組む。
「エルシーに言われた。誰かの犠牲で成り立つ幸せなんて喜ぶ人間はいないと」
自分は最善の手段を選んだつもりだった。しかし、アンジェラは早々とこの世を去っている。 自分が望んだアンジェラの幸せはかなわなかったと思ったほうがいいのだろう。
「あんな子どもに説教されるとは思わなかった」
「それだけ純粋な目で君を見ているということだろう。それで、犠牲という言葉は穏やかじゃないな。どうしてそんな話題になったんだ?」
イーサンがことの経緯をテオに話すと、彼まで猛反対した。大袈裟にため息をつき頭を振る。
「まったく君ってヤツは……何も学んでないようだ。同じ過ちを繰り返す気かい?」
テオににらまれて、イーサンは居心地が悪くなった。
「犠牲を払う必要はないだろう。最初魔法を使わずにウィルの体に憑依したのなら、自分の体にだって戻れるはずだ」
イーサンはテオの座る机に、自身の拳を打ちつけた。
「その方法がわからないから困ってんだろうが!」
「元々君は高い魔力の持ち主だろ、イーサン。得意の根性論で跳ね飛ばせばいい」
以前……三十七年前のことになるが、テオにねだられて高等呪文の魔法を使って竜巻を作って見せた。どうやって竜巻を制御できるのか尋ねたテオに対して「根性」や「気合いでなんとかなる」と答えた。どうやら、テオはそれを覚えていたらしい。
「必死でもがいていたら、ウィルの体に憑依していたと君は言っていた。死を意識して、魂が反応したとも考えられる。それで幽体離脱をしたとか」
「俺にまた死にそうな目に遭えって言うのか? おまえ、一応科学者だろうが!」
イーサンは自分の耳を疑った。魔法を研究しているとはいえ、テオは科学者である。
「死ぬ気で望めばなんとかなるってことだ。今の君に、龍を封印した時のような切迫感があるとは思えない」
テオの鋭い指摘に、イーサンは反論できなかった。
神の足跡山脈で龍と対峙した時には、王都へ帰還することは半ば諦めていた。
一世一代の賭けだった。賭けたのは、イーサンのすべて。
「イーサン。君に必要なのは新しい呪文じゃない。命を賭けるほどの強い執着心だ」
ウィルの体に移れたのは死を恐れたから。無意識ではあるが、生きることへの執着が魂に影響したと考えていい――テオはそう分析した。
長椅子に腰かけたイーサンは、軽く肩をすくめた。
「でこ眼鏡にまで講釈されるとは、俺もやきがまわったな」
「君は一時的に成長が止まってるだけさ。これから取り返せばいいじゃないか」
これから――どこか前向きな響きに、イーサンは「そうだな」と苦笑した。




