3 エルシーという少女
エルシーがシャルブルーム王立魔法研究所で働きはじめたのは、十六歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。
エルシーは、幼いころから読書が好きな子どもだった。学校で同級生から「本の虫」とからかわれることが増え、現実逃避したエルシーはますます読書に没頭していったのである。
エルシーが内向的な性格になったのは、読書好きだけが理由ではなかった。
姉や妹たちは母譲りの華やかな金髪だが、エルシーだけが色の抜けたような白金色の髪で生まれてきた。他人からは「ぼやけた髪」とけなされ、早い話が悪目立ちしてしまうのだ。人の目につかないように家に閉じこもり、本を読む。悪循環な生活を送る娘のことを、両親は心底心配していた。
そんな彼女が転機を迎えたのは十歳のときだ。
『魔法使いの世界』という魔法と魔法使いについての解説書を読んで、一気に魔法の世界の虜になった。
誰でも魔法使いや魔女になれるわけではない。
魔法が使えるかどうかは、親から子に血で受け継がれる場合もあるし、魔法使いの家系にない家庭からも突然魔法を使える者が生まれることがある。
エルシーも、ある日魔法が使えるようになるのでは……と、ひそかに期待したものだ。
魔法に覚醒することがなかったエルシーは、それでも魔法への関心を捨てきれず魔法に関する知識を詰め込んでいった。魔法の呪文や、魔法を増幅させる魔法具、魔法使いが好んで仕立てる魔法衣。極めつけは古本屋で見つけた古代魔法文字で書かれた本の解読にはまってしまったのだ。
「どこで育て方をまちがえたのか……よりによって、どうして魔法研究所なんだ!」
エルシーが国の魔法研究所で働きたいと訴えたところ、父は烈火のごとく怒り狂った。
魔法嫌いの父親には、何を言っても無駄だった。激しい親子げんかの末、エルシーは勘当同然で魔法研究所に就職したのだ。
住まいは研究所に併設された職員専用の宿舎を利用している。
得意分野である古代魔法文字の解読力を活かせる生活。エルシーにとって研究所での二年間は充実したものだった。気心が知れた仲間と、大好きな研究に打ち込むことができる日々。
働きもせずに実家にいたら、姉たちのように親の勧める縁談相手と結婚することになっていただろう。
エルシーは、魔法研究所から調査隊が派遣されると知って、自ら遺跡の調査に志願した。ウィルの助手として同行を許され、半月前から遺跡近くに設営したテントでの生活が続いている。
ウィルも古代魔法文字の専門家だ。親同士が親友という間柄で、昔から両家では交流があり、二人は幼なじみと言える。エルシーよりも四つ年上なのに、魔法に関する話題になると子どものように目を輝かせていた。
エルシーに王立魔法研究所を紹介してくれたのも彼だ。
ウィルのそばにいるためにも、少しでも彼に追いつきたい。彼へのあこがれが、エルシーの原動力となっているのだ。
「朝食を済ませたら、神殿まで行ってみよう」
ウィルは神殿から視線を外そうとしない。エルシーは、彼の思いつめた目つきが気になった。
「駄目よ。あそこは立ち入り禁止じゃない」
遺跡の調査は許されたものの、神殿への出入りに関しては許可が下りていない。立ち入らないことが、調査隊に参加する条件になっていた。
ウィルはエルシー以上に研究熱心で、寝食を忘れてしまうほど研究や調査にのめり込んでしまう性質だ。
「あの神殿の柱には古代魔法文字が刻まれているって話だろう? 虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うじゃないか」
エルシーだって神殿に興味はある。建物全体の設計には魔法使いが関わっていたという説もあり、その痕跡が残されている――と記す文献を読んだこともあった。
「ここまで来られただけでも大収穫よ。魔法院の命令に背いたらどうなるかわかってるでしょう?」
シャルブルーム王国の魔法に関する手続きは、すべて魔法院を通して行われる。
暴走した龍を魔法使いたちが殲滅したという経緯があるため、遺跡は国王と魔法院の監督下にあった。
魔法院は遺跡への立ち入りに反対してきたが、新国王の熱意に折れる格好で調査隊の派遣が認められたのだ。
規則を破れば調査隊から追放されるのは必至。
「ウィル、変なことは考えないで。下手をすれば研究所が処罰されるわ」
「……わかってるよ」
言葉とは裏腹に、ウィルの顔には不満の色がうかがえた。
エルシーの想いをよそに、ウィルの注意は遺跡にばかり向けられている。
不服そうにテントへ戻るウィルの背中を見つめ、エルシーは小さな溜息をついた。