28 仕立て屋ハリソン(2)
二階から下りてきたのは身の丈二メートルはありそうな大男だった。
エルシーは目の前に立った巨漢を、口をぽかんと空けて見上げてしまう。
坊主頭で体は筋肉の鎧をまとっているかのようにがっちりしている。とても魔法衣の仕立て屋とは思えない風貌だった。
それに加え、ハリソンの外見と実年齢の差に困惑した。イーサンは、自分が魔法衣を作ってもらった当時ハリソンが三十代くらいだと言っていたのだ。現在は単純計算しても六十代後半か七十代。
ハリソンはエルシーを見ると、わずかに肩を落とした。彼の期待した「女」と、自分がかけ離れていることに気づいたが、会話の口火を切ったのは相手のほうだった。
「俺に会いに来たってのは、お嬢ちゃんかい?」
「はい。エルシー・ハミルトンと申します。じつは、この魔法衣を見ていただきたいんです」
エルシーは慌てて手提げ袋から魔法衣を取り出した。
イーサンが龍退治のときに着ていた魔法衣だ。エルシーの目的を予想していたのだろう。ハリソンは鼻で笑った。だが、魔法衣の細部を観察するハリソンの目つきが変わった。
「たしかに、そいつは俺の仕事だな。それで?」
「ハリソンさんに代わりの魔法衣を作ってほしいんです」
「こりゃ四十年近く前の代物だ。材料も道具も足りないし、俺はもう魔法衣を作るつもりはない」
彼の言葉もまたエルシーの想定内だった。ハリソンはくたびれた魔法衣をじっくり眺める。
「こんな粗末に扱われちゃ魔法衣だって泣くぞ」
ハリソンのからかうような口調に、エルシーの顔はカッと熱くなった。
好きで自分の魔法衣を傷めつける魔法使いはいない。
「この国の平和のために戦ってくれた人のものです!」
侮辱など許さない。エルシーがキッとにらみつけると、ハリソンは少しの間逡巡した。
「古い魔法衣の代わりなんて作って誰が着るっていうんだ?」
ぼろぼろの魔法衣は、イーサンの内面と同じなのかもしれない。
「魔法使いをやめてしまうかもしれない人に着てもらいたいんです」
新しい魔法衣を着て、本当に自分が魔法使いをやめたいのか確かめて欲しい。
エルシーとハリソン。どちらも目をそらさなかった。
「何か、訳ありみたいね」
「ドリス、おまえは黙ってろ」
両者の間に立ったドリスに、ハリソンはぴしゃりと言い放った。
「だって可哀そうじゃない。ここに来るまで相当探しまわったはずよ。ハリソンってば店を閉めてからしばらく雲隠れしてたんでしょう?」
ドリスの言うとおり、王都の魔法衣専門店に出向き、盗賊にも捕まったし、迷子にもなりかけた。
「費用なら必ず工面します」
「金の問題じゃねえ」
ハリソンがもと来た階段を上りはじめた。
「俺は自分が認めた魔法使いにしか、魔法衣を作らないと決めていた。お嬢ちゃんが魔法衣を作って欲しいなら、その魔法使いとやらをここへ連れてこい」
立ち止まり、言いたいことだけ言うとハリソンは二階へ姿を消してしまった。
――ここに、連れて来いですって?
エルシーは頭を抱えた。イーサンはいい顔はしないだろう。人から命令されて動く人間ではない。
しかも、肝心なイーサンの体はまだ眠ったままだ。代わりにウィルを連れてくるわけにはいかない。今回はイーサン本人でなければいけないのだから。
「すごいじゃない! ハリソンがあんな風に条件を出したのは初めてよ」
成り行きを見守っていたドリスは目を輝かせていた。
「でも、本人を連れてこないと……」
ドリスは、イーサンのことを知らないのでハリソンの出した注文がいかに難しいのかわかっていないのだ。もっともハリソンがイーサン・ブレイクという魔法使いを覚えているかも怪しい。
「希望はつながったわけでしょう? 追い返されるよりはずっとマシよ」
前向きな言葉が、今はかえって空しく聞こえる。
「せっかくだから何か飲み物でもいかが?」
ドリスに勧められてエルシーはココアを注文することにした。案内されたテーブル席に座り、盛大なため息をついた。
途方に暮れたエルシーのもとに、ドリスがココアを運んできた。
「その魔法衣の持ち主ってあなたのお父さま? 四十年近く前にそれを着てた人なんでしょう?」
「いいえ、家族ではないんです」
仮にイーサンを連れてくることができても事態はややこしくなるのは目に見えている。イーサンは、五十八歳でも肉体的には二十歳過ぎたばかりだ。話のつじつまが合わなくなるのは必至である。
ふんわりとココアの甘い湯気を吸い込んでから、ほうと小さく息を吐く。
イーサンにどう説明するべきか途方に暮れ、エルシーはしばらくの間テーブルから動けなくなってしまった。




