25 不安要素
日中忙しいテオとの話し合いは、決まって夜に行われる。イーサンもテオに自分の要望を伝え、意見を求める際には彼の執務室を訪ねていた。
執務室では、書類の山の中でテオが文書に目を通し、署名する姿をよく見かける。今夜も提出締切間際の書類にサインを書いているところだった。
――こいつは、いつ休んでるんだ?
しかも、彼は並行して自分の研究を続けているというのだから驚かずにはいられない。
「やあ、イーサン。仕事のほうは順調のようだね」
テオの秘書が不在であることを確認してから魔法使いは質問に答えた。
「今のところは、だな」
仕事というのは、イーサンの肉体を回復させる作業を指している。自分でも魔法が効いているという手応えはあった。
「何か困ったことでも起きたのかい?」
引き出しから、定番となった酒瓶を取り出したテオが訪問の理由を尋ねた。
「気になることがある」
イーサンは、エルシーから聞いた謎の声について説明した。
「頭に直接話しかけてくるのか。それで、今もその状態が続いていると?」
「盗賊の一件からは何も聞いていないそうだ。だが、妙に気になる」
魔法使いとして、魔力の流れや同業者の気配には人一倍敏感であることをイーサンは自覚していた。しかし、エルシーの話を聞いて不安を隠せなかった。自分が察知できないほど気配をうまく消した者がいる。
「交信の相手を彼女と限定しているってことかな」
「なあ、でこ眼鏡。エルシーを神殿に派遣したのは偶然なんだろう?」
研究所内でエルシーがアンジェラの姪であることを知っているのはテオとイーサンだけだ。エルシー本人さえその事実を知らない。
「僕は意地悪な演出をするつもりはないよ。エルシーが調査隊への参加を希望したから僕は許可したまでだ。第一君は死んだことになっていたからね」
テオは、イーサンが三十七年前に死んだと信じていた。
――だったら、誰がエルシーに近づく必要があるんだ?
考え込む魔法使いを見て、テオが小さく笑う。
「何がおかしいんだ?」
「申し訳ない。ずいぶん彼女のことが気に入ったようだね」
イーサンがにらみつけたので、テオは慌てて言い訳した。
「別に、そんなんじゃねえって」
「秘書の話では、常にエルシーの動向に目を光らせているそうじゃないか」
できる限り目の届くところで様子をうかがっているのは事実だ。謎の声の話を聞いたらなおさら放っておくわけにはいかない。
「ところで、君はいつになったらエルシーにアンジェラのことを話すつもりだ?」
「エルシーはアンジェラの存在すら知らないんだ、改まって話す必要はないだろ」
とっくに機会を逸している。それに自分とアンジェラとの関係をどう説明すればいいのかわからないのだ。
「君の口から聞いたほうが彼女を不安にさせずに済むだろうに。もちろん、君の意志を尊重するよ」
イーサンはグラスの中の残りをあおる。
「イーサン」
黙って扉に向かって歩き出した魔法使いをテオが呼び止めた。
「引き続きエルシーを守ってやってくれ」
「……言われなくてもそのつもりだ」
扉が閉まる直前にイーサンははっきり答えた。




