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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
23/71

23 難題

生命いのちの源となるすべての光よ、その息吹いぶきをわれに!」


 イーサンが呪文を唱えると、ベッドに横たわる彼の体が淡い光につつまれた。自然に光が消えるのを待ち、エルシーがその傍らに急ぐ。


「さっきよりも血色けっしょくが良くなったみたい。ほら、頬の部分とか!」


 エルシーは、眠ったままのイーサンの顔をのぞき込むと、赤みを帯びた彼の頬を指で突いてみた。

 本の山から探り出した回復呪文を吟味ぎんみし、効果が期待できるものを選び出した。負担の軽いものから試しはじめて七回目の挑戦になる。

 一日に挑戦できる呪文は三つまで。ウィルの体で試せるのはそこまでが限界とイーサンが判断した。

 目覚ましい回復が見られれば、その呪文を強化していくことにしている。やるべき仕事は理解できたが、エルシーにはまだ疑問が残っていた。


「体が完全に回復したらどうやって戻るの? 魂って簡単に体から出たり入ったりできないんでしょう?」

「それが一番の課題だな」


 イーサンは腕を組み考える。ウィルの体に憑依できたのは、イーサンとウィルの波長が合っているからだとエルシーは説明を受けていた。


「神殿では、必死にもがいたらウィルの体に憑依していた。これというコツがあるなら俺が知りたいくらいだ」

「そんな……」

「追いつめられた極限状態で魂が反応するのかもしれない」


 エルシーは神の足跡山脈での出来事を思い出す。氷に閉じ込められていたイーサン。盗賊に襲われて重傷を負ったウィル。二人とも命の危機に瀕していた。


「何がなんでも手がかりを見つけないとな」


 イーサンも自分の人生がかかっているのだ。一か八かの賭けは避けたいのだろう。


「イーサン、酒場にいたとき合図してきたのはあなたなの?」

「合図?」


 酒場でイーサンが魔法を使う直前だった。頭の中で「伏せて」という声が響いてきた。


「俺じゃない。あの時は何も聞こえなかった」


 テオも店の外で待機していたのでちがうとイーサンが断言した。彼には外に出てきた盗賊の一人に傀儡の札を張り付ける役目があったのだ。


「頭に直接呼びかけてくるようなカンジだったの」


 盗賊に拉致されたときは、気が動転して声の正体について考える余裕がなかった。


「人間の精神に干渉かんしょうできる力か。魔法使いでも言葉を使わずに会話できるヤツがいると聞いたことがある」

「イーサンはできるの?」

「いや」


 ――だとしたら、あの声は一体なんだったの?


 なぜ自分にだけ声が聞こえたのか。謎が一つ増えてしまった。


「そのうち時間が解決してくれるだろう」

「適当過ぎない?」


 イーサンは、エルシーの追及の視線に肩をすくめた。


「三十七年経って、おまえが俺を封印から解放した。封印した当時では不可能だったことだ。事態の解決に時間そのものが必要な場合もあるってことだよ」


 彼の言葉だからこそ説得力がある。

 ところが二人の間でグーっという鈍い音が鳴った。エルシーの目が点になり、ばつの悪そうなイーサンがせき払いをする。

 魔法使いの腹時計の音だ。


「魔法を使うと体力の消耗が激しいと言っただろ」


 魔法を使うことは、エルシーが思っているよりも人間の体に強い負荷をかけているらしい。しっかり朝食を摂っているイーサンでも体力を消耗し、新たな栄養を必要とするのだから。


「まだ食堂もはじまってないわ」


 魔法研究所にも食堂があり、安価でおいしい食事を提供してくれる。しかし、料理長が几帳面きちょうめんな性格ゆえに正午にならないと開店しないのだ。

 職員たちは、あらかじめ研究室に持ち込んだ菓子や果物で小腹を満たしている。


「ここには食い物が見当たらないが」


 イーサンは研究室を見まわして肩を落とした。


「お茶を淹れるわ。お湯を沸かすことはできるから」


 普段からウィルにお茶を淹れるので、茶葉だけはエルシーが常備している。

 湯を沸かし、エルシーはすぐにお茶を用意した。その間、イーサンは黙ってその様子を観察していた。


「いつもこんなことしてるのか? 自分の研究はどうしてるんだ?」

「ウィルとの共同研究だもの。休憩は同じ時間にとったほうが合理的でしょう?」

「おまえは神殿に残された古代魔法文字を解読したし、柱に刻んだ魔法文字から俺の意図を理解した。おそらくウィルより解読力は上だ」


 たしかに遺跡の調査では、発見された古代魔法文字はエルシーが主体で解読していた。


「おまえがウィルの助手でいたい気持ちはわかる。だが、おまえは研究者として独り立ちできる実力があるはずだ」


 エルシーは魔法使いの言葉に衝撃を受けた。魔法文字の読解は専門分野なので他の職員より多少はできると自負していた。

 しかし、自分の研究室を持つことなど思ってもいなかった。


「俺の知り合いに、日頃から自分の研究室を持ちたいと言っていたやつがいた。研究者としては当然の欲だってな」


 職員の中には、毎年自分の研究を維持できるかどうか、研究室を取り上げられやしないかと気を揉んでいる者がいる。

 エルシーは、そうした執着を軽蔑けいべつすらしていたのに。


「もっと自分に自信を持て」


 彼が言うとおり、エルシーは自分に自信が持てなかった。

 ウィルのそばにいることが最優先だった自分には、研究者としての野心が欠けていることを思い知らされたのだ。


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