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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
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22 見えないもの

 翌朝。


「あれ……?」


 エルシーはイーサンと一緒に研究所に出勤すると、ウィルの研究室に直行した。一度は地下室に隠したイーサンの体だったが、再びウィルの研究室に戻したのだ。

 簡易ベッドに横たえられたイーサンの手に触れてみると、手のひらが少し温かった。


「昨日より体温が上がった気がする」


 封印から解放された直後、イーサンの体は氷のように冷たかった。今は温もりがあり、脈拍もゆっくりだが安定している。少しずつ、しかし着実に回復のきざしは現れている。


「それで、何をすればいいの?」

「回復力、体力増強の魔法を使うつもりだ……有効な呪文を調べてからな」


 イーサンの慎重さに、エルシーは拍子抜けした。

 豪快に魔法を使い、大格闘の末に盗賊たちと撃退した彼にしては……地味な選択肢だと思ったのだ。


「思い当たる呪文を、全部試すのかと思った」


 自分の予想とはだいぶちがっていたので、エルシーは思わず本音をもらした。


「ウィルの体で魔法を使うと、魔力も体力も回復に時間がかかる。この体に何かあったら困るのはおまえだろう?」


 エルシーは閉口した。ウィルの肉体を丁重に扱うよう注文をつけたのはエルシー自身だ。


「確証が得られない限り、大幅に魔力を消耗する呪文は後回しだ」


 イーサンなりにウィルの体を考慮しているらしい。

 エルシーはメモ用の紙切れに「簡単な呪文から」と書き留める。イーサンに視線を戻せば、彼はすでにウィルの本棚を物色しはじめていた。

 彼は本の背表紙を少し見ただけで首を振る。


「エルシー、他に呪文集はあるか?」


 ウィル個人が所有する魔法関連書籍では参考にならないというのだ。


「図書室にはたくさんあるけど、持ち出し厳禁の本も多くて……あっ、ちょっと!」


 早速イーサンは研究室を飛び出した。エルシーはウィルの研究室に鍵をかけてから彼の後を追う。イーサンの体が見つかっては元も子もない。


 ――結局、イーサンに振り回されるんだわ……


 同じ失敗を繰り返さないというのがイーサンの信念だ。

 昨夜、自分の部屋へ一人で帰ると言ったエルシーの意見を無視して、イーサンは宿舎の入り口まで送り届けてくれた。朝は出勤時間に待ち構えているという徹底ぶりである。

 イーサンは不良魔法使いという印象は強いものの、学習能力が高い。本の背表紙が古代魔法文字で書かれていても、ひるむ様子がない。


 研究所には魔法使いも一定の割合で働いている。エルシーは図書室で彼らの姿を見かけるが、古代魔法文字が苦手という者は結構多い。


「古代魔法文字……イーサンはわかるの?」

「当たり前だ。魔法の起源はほとんど古代文字で書かれているからな」


 イーサンは、師匠した魔法使いから古代魔法文字の読み書きをみっちりたたき込まれたという。


「テオと気が合うくらいだから変わり者だと思ってたけど……魔法で私の失くした眼鏡を探せる?」

「眼鏡?」


 朝の身支度を整えている際に、眼鏡を失くしたままであることを思い出したのだ。


「ああ、アレか。丸っこいのなら、盗賊がおまえの身代金を要求するときに送りつけてきたぞ」


 盗賊にさらわれたときに落としたと思っていたので、むしろエルシーは安堵した。


「じゃあ、あなたかテオが持ってるの?」

「捨てた」


 エルシーの表情が一変した。てっきり手元に戻ってくると思っていたのに。


「捨てたって、どうして?」


 あれは、学生のころから愛用している代物だった。学校での友達は少なく、公爵家の人間であるというだけで、ずいぶんと中傷されたものだ。本の虫、根暗、ハミルトン家の出来損ない――それらの陰口と戦うためにエルシーは眼鏡という「仮面」をつけて耐えてきたのだ。


「あの眼鏡は伊達だろ? 誰かの形見なのか?」

「そういうわけじゃないけど……」


 エルシーが学校へ行くためのまじないのようなものだった。


「眼鏡はかけないほうがいい」


 棚から分厚い本を数冊抜き取りながらイーサンが言った。それからエルシーの顔をのぞき込む。


「こうして目を見たほうが伝わるからな」

「何が?」


 質問の答えの代わりに本を三冊渡された。想像以上に重くて、エルシーは慌てて両手で抱え込む。


「人の気持ちに決まってるだろ」


 左右に五冊ずつ呪文集を抱えたイーサンが歩き出した。エルシーは彼の背中をただ追いかけた。


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