21 目が覚めて
目を覚ましたエルシーは、自分の置かれている状況を理解できず軽いパニックに陥った。体は毛布に包まれ、長椅子に横たわって眠っていたのである。
正面にあるもう一対の長椅子にはイーサンが眠っていた。
――ここは、たしか……
「お目覚めのようだね」
小声で話しかけてきたのは、ちょうど扉から入ってきたテオだった。ティーセットをのせたトレイを持っているので、お茶を淹れる気でいるらしい。
注意してイーサンを盗み見ると、胸のあたりが規則的に上下して、穏やかな寝息が聞こえてくる。
「ここで眠りはじめてからずっとこの状態なんだ」
しかし、エルシーの記憶は監禁されていた酒場から途切れたままだった。
「私、どうやってここまで帰ってきたの?」
「緊張の糸が切れてしまったんだろう。君は取引に使われた酒場で泣き疲れて眠ってしまってね。イーサンがここまで運んだんだ」
テオの話によると、魔法使いは眠り込んでしまったエルシーを抱えて馬車に乗り、研究所まで運んでくれたらしい。
「でも、どうしてテオの部屋に?」
「イーサンがここで様子を見たいと言ったのでね。君のそばにいてやりたかったんだろう」
職員専用の宿舎は男女別々の建屋になっており、当然異性の部屋に寝泊まりすることは禁止されている。
「君がさらわれたことで責任を感じているんだ。大目に見てやってくれ」
「傀儡の術や、金貨が飛び散ったのだって計画の内だったんでしょう?」
テオは、イーサンと打ち合わせた内容を話してくれた。
かばんの中の金貨は、最初から研究所の庭先で集めた小石だった。まやかしの術を使い幻影を見せたに過ぎない。
「私も金貨に見えたけど……」
エルシーの目にも、盗賊たちが手にした金貨は実物に見えた。
「かばんを開けた時点でまやかしの術が発動するようになっていたんだよ。あの場に居合わせた者にはすべて金貨に見えたはずだ」
そして傀儡の術は、イーサンが魔力を込めた札を使ったという。かばんを取りに外へ出てきた男の背中にテオが貼り付けた。
「全部イーサンの魔法だったのね」
「複数の魔法を使いながら、盗賊たちと戦うんだから……彼は、本当にすごい人なんだよ」
長椅子で眠るイーサンを見やり、テオは肩をすくめて笑う。エルシーにも、テオの言いたいことがわかる。
彼のそばにいると、イーサン・ブレイクが優れた魔法の使い手であることを嫌でも思い知らされる。
けれど、エルシーには気がかりなことがあった。
「ウィルの体であんなに魔法を使って大丈夫なのかしら? ウィルの体だけじゃなくて、その……イーサンの負担になったりしないの?」
傀儡の魔法は、決して容易な術ではない。魔力が強ければ強いほど高度な呪文を使いこなせるが、イーサンの魂には支障が出ないのかエルシーは気になっていた。
「本人が言うには、七割程度の力で抑えているそうだ。余力を残しておくあたりは成長したらしい」
テオの言葉に、エルシーは胸をなで下ろした。せっかく覚醒したのに、自分の首を絞めるような行為を見過ごすわけにはいかない。
「明日からイーサンは自分の体に魔力を注入していくと言っていた。君も十分休んで彼を手伝ってやってくれ」
「はい。あ、それと、盗賊の一人が気になることを言っていて――」
エルシーは、謎の人物が盗賊に自分の情報を与えて誘拐を唆かした話をした。テオはエルシーの話を聞くにつれて神妙な面持ちになった。
「君やイーサンを狙っている者がいるということだね」
しかも相手は盗賊さえ利用した。よほど狡猾な人物だろう。
「相手の目的がわからない以上、用心するべきだ。外出はしばらく控えたほうがいい」
「いや、逆に大手を振って歩け」
イーサンが急に会話に割って入ったので、エルシーとテオは寝ているはずの彼に注目した。
「いつから起きてたの?」
「テオの「手伝ってやってくれ」ってあたりからだな。相手は表立って動けないから盗賊を利用したんだ。俺たちに自分の正体を知られるのが怖いんだ」
すでにイーサンは自分たちを狙ってきた者の正体をつかんでいるような口ぶりだった。
「相手が誰だか知っているのかい?」
「大方魔法院の連中に決まってる」
テオの質問に、イーサンは即答した。
「俺が生きていると都合の悪いヤツらだろ。龍が生きていることを伏せておきたいだろうし、封印したとはいえ対策も練らずに放置しておいたんだ。国王に知られたら、大目玉を食らうどころじゃ済まないぞ」
理屈は合っている。しかし、マッケンジー院長がそこまで保身に走るだろうか……エルシーは半信半疑だ。
「エルシー」
イーサンが思い出したように言葉をつけ加えた。
「おまえの外出には俺が同行する。やつらがいつ襲ってきてもいいようにな」
「そ、それじゃ大手を振って歩くとは言えないわ!」
四六時中イーサンの監視下に置かれることになる。エルシーは軽いめまいを覚えた。
「今日、街中で私を置き去りにしたのは、どこの誰だったかしら?」
皮肉たっぷりのエルシーに、イーサンは言いよどんだ。
「アレは俺の……落ち度だ。おまえをつけ狙ってるやつがいるとは思わなかったからな」
魔法使いはエルシーを見つめてはっきり言い渡した。
「これからは俺がおまえを守ってやるから心配するな」
エルシーはぽかんと口を空けてイーサンの、正確にはウィルの顔を見てしまった。本物のウィルはもちろんのこと、父親にさえ「守ってやる」なんて言われたことがない。
――私……相手はイーサンなのに、何を動揺してるの?
自分の顔が火照っているのがわかる。魔法使いは、その言葉の尊さを理解しているようには見えない。
「それよりも、イーサンは自分の体を回復させることに集中して!」
混乱したエルシーは、魔法使いに向かってわめくことしかできなかった。




