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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
20/71

20 不良魔法使いブチ切れる(2)

つぶてよ、ぜろ!」


 イーサンが呪文を唱えたとたん、かばんの中の金貨が砕けながら四方に飛び散った。四散しさんした破片を浴びた盗賊たちは悲鳴を上げる。

 破裂音とともに店のなかに煙が充満した。

 視覚を封じられたエルシーの耳に届いたのは、骨の軋むような音、椅子やテーブルが倒れる音である。床からあらゆる振動が伝わってきた。

 煙が少しずつ薄らいでいく。次にエルシーが見たものは、吹き飛ばされた盗賊の一人が床にたたきつけられる光景だった。

 立ち上がろうとして、目の前に倒れている盗賊たちの姿に身がすくんだ。


 ――これ、全部イーサンが?


 まだ煙が残る店内では、イーサンと盗賊の首領との一騎打ちが繰り広げられていた。

 首領の切りつけるナイフをよけて、イーサンは蹴り技を繰り出す。魔法使いが接近戦――けんかの手法を心得ているのは理解に苦しむところだが、それが周囲に「不良魔法使い」と言わしめる所以なのだろう。


 両者の大立ち回りにエルシーは釘付けになった。

 再度首領の攻撃をかわしつつ、イーサンは相手の手からナイフをたたき落とす。盗賊の首領は床に落としたナイフなど眼中になく、すぐさま左右の拳を順番に繰り出した。きわどいところで直撃を回避したイーサンは回し蹴りを返すが、足ごと抱え込まれて投げ飛ばされた。イーサンは受け身をとって体勢を立て直す。


「なんてこと……」


 エルシーのつぶやきは、怒りからくるものではなかった。イーサンの敏捷な動きに感激していたのだ――彼は魔法使いであると同時に立派な戦士なのだと。


 ――これが龍と戦った人の動きなのね。


 一瞬、ウィルの体であることさえ忘れてしまった。


「またインチキ魔法を使ったらどうだ?」


 盗人の挑発にイーサンは相手をにらみ返した。血走った目が魔法使いの怒りを物語っている。


「魔法を使いたいのは山々だが……おまえだけはこの手で殴らないと気が済まないんだ!」


 イーサンがここまで怒りを露わにするのは初めてだった。本物のウィルでもこれほど激怒することはなかっただろう。


 ――どうしちゃったの?


 唖然あぜんとするエルシーのもとにテオが身をかがめながら駆け寄った。


「エルシー、大丈夫かい?」

「テオ……うん、私は大丈夫。イーサンはほっといていいの?」


 テオは格闘中の魔法使いを見て、苦笑した。


「ああなると手がつけられないんだよ、イーサンは」

「だから不良魔法使いなのね」


 エルシーの言葉に、テオは「ちょっとちがうな」と言葉を補足した。


「弱いものイジメや、他人事でも誰かが理不尽な目に遭っているのが許せないんだ。口が悪くて誤解されやすいけど、筋は一本通っているんだよ」


 次の瞬間、イーサンの右拳が盗賊首領の顔面を捉えた。その衝撃のすさまじさが伝わってくる。テオに至っては「やった!」と歓声まであげていた。

 盗賊の体がぐらりと傾き、床に勢いよく倒れ伏した。


 ――すごい。


 圧巻だった。魔法は最初の攪乱に使っただけで、イーサンはほとんど素手で盗賊たちを倒してしまったのだ。

 イーサンは容赦しなかった。同じ失敗を繰り返さないように倒れている盗賊を片っ端から魔法縄まほうじょうで拘束した。後から到着した騎士隊は、半壊した酒場と、すでに縄を打たれている盗賊たちを見て目を丸くした。

 事情を説明するためにテオがエルシーから離れたのをイーサンは見逃さなかった。


「大丈夫か?」


 歩み寄る魔法使いの姿にエルシーは目を瞠った。

 服は埃だらけで、あちこち破れている。盗賊たちの攻撃をよけていたが、よれよれの状態だった。


「どうして魔法でやっつけなかったのよ! そのほうが簡単だったでしょう?」

「はあ? だから、あの野郎は素手でブチのめさなきゃ気が済まなかったんだよ」


 反省の色が見えないイーサンの態度に、エルシーは無性に腹が立った。


「ウィルの体を乱暴に扱わないでって言ったじゃない!」


 イーサンはぐっと言葉に詰まった。ウィルの体に憑依した当初から、エルシーが口を酸っぱくして訴えていたことだ。

 ウィルの体じゃなくても、好んで乱闘騒ぎを起こすことは認めてはいけない。


「おまえがあの盗人に捕まるからこうなったんだろうが!」


 言い返せないいら立ちからイーサンが顔を背ける。

 たしかに、自分が盗賊たちに捕まったことが騒ぎの引き金になったのかもしれない。

 けれど。


「……イーサンのせいでしょう」


 自分でも驚くほど、エルシーの唇から低い声がこぼれた。


「イーサンが勝手にいなくなっちゃうから、私が一人でお店を探したんじゃない!」


 新しい魔法衣を作れば、少しはイーサンの心の持ちようが変わるかもしれないと期待していたのだ。彼の要望に適う仕立て屋を見つけたかった。


「イーサンが、全部悪いんじゃない! ウィルの体を使って、好き勝手するから!」

「ふざけんな! 俺には俺の……」


 魔法使いは呪文でも唱えかねない勢いでエルシーをにらんだが、一瞬にして彼の体が固まった。

 エルシーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちているのを見たら、何も言えなくなってしまったのだ。


「イーサンが、イーサンが……うぅっ」


 気づいた時には涙があふれ出していた。

 なぜ泣いているのかさえわからなくなっている。

 イーサンが約束を破ったことが許せないのか。無理して素手のけんかを始めたからか。自分を助けにきて無理をしたせいか。

エルシー自身が驚いているのだから、魔法使いが取り乱したのは言うまでもない。


「おい、ちょっと待て! 反則だろ。泣くなよ、泣くなって……頼むから!」


 泣き続けるエルシーの前で、うろたえるイーサン。二人の姿はテオをはじめ、駆けつけた騎士隊たちの好奇の目に晒されることになった。


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