2 エルシーの夢と遺跡の調査
エルシーは、森の中で人を探していた。霧が濃くなり、視界も悪くなる一方だ。
『イーサン!』
イーサン。
何度この名前を叫んだことだろう。エルシーは何かに急き立てられるようにイーサンという人物を探し求めていた。
しかし、どれほど広大な森を歩きまわり、相手の名前を呼んでもイーサンはいない。
歩いても、歩いても。
しまいには、自分自身が迷子になってしまった。方向感覚を失って力尽きる寸前、視界を覆っていた霧が晴れていく。
姿を現したのは、荒れ果てた多くの建物だった。最も目を引いたのは異国の神殿を連想させる巨大な建造物だ。
屋根を支えている白い円柱の一本でさえ、その大きさでエルシーを圧倒する。
エルシーはその建物に見覚えがあった。
――この場所は……
「この場所は……!」
疑問を声に乗せた瞬間、エルシー・ハミルトンは目を覚ました。正確には、自分の寝言で起きたのだ。
地面に横たわっていた体を起こす。厚手の毛布の上に寝ていても寝心地がいいとは言えない。
夢から覚めるとひどい倦怠感に襲われた。エルシーには夢見が悪いという言葉で片付けられない理由があった。
「どうして同じ夢なんだろう」
エルシーはボサボサになった白金色の髪を掻き上げながらつぶやいた。
最近、同じ夢を繰り返し見ている。夢の中でイーサンという人物を探し続けているのだ。
――そもそも、イーサンって誰?
エルシーは、夢のなかで必死に探しているイーサンという人物に心当たりがなかった。
名前からして男性だろう。だが、親類縁者にイーサンという男性はいない。その名前に注意を向けるようになったのも、夢を見はじめた半月前からだ。
「ここに来てからなのよね」
完全に目が覚めたエルシーは、枕元の丸眼鏡をかけて寝床から抜け出した。
手早く着替えを済ませると、テントの入口に張られた布を持ち上げる。外は日が昇りはじめたところだった。
シャルブルーム王国から遠く北に位置する神の足跡山脈は、複数の国境をまたぎ雄大にそびえ立っている。
シャルブルームのおとぎ話には、神の足跡山脈を舞台にした龍の物語まである。その山間部に遺跡が発見されたのは今から五十年以上前のことだ。街一つ分に相当する遺跡は、誰がなんのために築いたのか不明である。
エルシーは、謎を解くために派遣された調査隊の一員なのだ。
地理的状況を考えても、建材を運ぶ作業でさえ難航したはずだ。人々が都市を作ったのならば、必ず理由がある。
エルシーは、神か龍を祀るためだと仮説を立てていた。
神か龍。
二者択一と考えたのは、前者は遺跡の最奥に神殿らしき建物があること、後者は遺跡に一頭の龍が飛来し、活動拠点にしていた事実があったからだ。
三十七年前。一頭の龍がシャルブルーム王国の北部に突如現れ、遺跡を含め山脈付近の町村は甚大な被害を被った。
国の優れた魔法使いや騎士たちで殲滅部隊が結成され、暴走する龍を退治することに成功した。以来、遺跡は立ち入り禁止区域に指定されていたのだ。
ひと月前までは。
現国王は、以前から遺跡に深い興味を示し、総力を上げて謎を解明するように国の調査機関に通達した。遺跡への立ち入りも、申請さえすれば許可を出すと太鼓判を押したのだ。
「エルシー、おはよう」
別のテントから出てきた同僚のウィルことウィリアム・クロイドンが声をかけてきた。ウィルは背の高い優男で、今朝は栗色の髪に寝ぐせがついたままだ。彼の顔を見ただけで、エルシーの気分は高揚した。
「おはよう、ウィル!」
「昨日見つけた古代魔法文字、解読できたかい?」
エルシーの会心の笑みは、彼の研究対象よりも注意を引けなかった。
「半分くらいはわかったけど、あの建物についての注意事項みたい」
肩を落としながらエルシーが答えたことを、ウィルはまったく気づいていない。
「やはり、あの神殿と関係しているんだな」
二人はテントが設営されている地点から、調査対象である遺跡に目を凝らす。
視線の先には調査隊が「神殿」と呼ぶ建造物があり、それはエルシーが夢で見た建物そのものだった。