17 囚われたエルシー
ニャアァン
特徴ある猫の鳴き声でエルシーは目を覚ました。
「んぅん……ルーカス?」
起き上がろうとして失敗した。後ろ手に縛られていてバランスがとりにくい。
二度目の挑戦でなんとか体を起こす。
「あれ? 眼鏡は?」
丸眼鏡がなくなっていた。元からレンズには度が入っていないので支障はない。しかし、普段身に着けている品物がないと心細いものだ。
ゆっくりと周囲を見回す。薄暗い部屋は天井から床まで石造りのため牢獄を連想させた。
――ここは、どこ?
なぜ自分が密室で、しかも縄で拘束されているのか皆目見当がつかない。意識を失う直前の記憶をさかのぼってみた。
「えぇと、魔法衣の仕立て屋さんに行って……」
一人で残りの魔法衣専門店へ行ってみたが、結局は空振りに終わった。けれど、そこで働く職人の一人が『ハリソン魔法衣専門店』の店主について知っており、店を畳んだ後の住まいを教えてもらったのだ。
喜び勇んで近道しようと裏通りへ。
「そうだ、そこで……」
何者かに背後から羽交い絞めにされた。口を塞がれて、そのまま意識が遠のいて――。
ギギイィ
部屋で唯一の分厚い木製扉が不気味な音を立てて開いた。
「あなたは!」
中に入ってきた男の顔を見てエルシーは声を上げた。
遺跡で調査隊を襲撃した盗賊団の首領だ。右側のこめかみに古い傷痕がすぐに記憶を呼び覚ました。手下を見捨てて逃げたとばかり思っていたが、エルシーの前に姿を現したところを見ると、調査隊の後をつけてきたのだろう。
「俺のことを覚えていてくれたようだな、お嬢ちゃん」
「なぜ王都にまで……」
「奪い損ねたお宝の代わりにひともうけしないとな。腹の虫がおさまらないだろう?」
男は、エルシーのそばに寄り添うルーカスに気づいて舌打ちした。
「おい、なんで猫まで連れてきやがったんだ?」
よく見れば、扉の影に手下らしい人間が控えている。盗賊の首領は、陰に隠れている相手を怒鳴りつけた。
「でも猫が女のそばから離れないんですよ。何度も追い払おうとしたんですけど怒ってるみたいで……猫の恨みを買うと祟られちまいますからね」
手下の言い訳に盗賊の首領は呆れているようだ。
「猫の祟りなんてあってたまるか! 後でまとめて始末しておけ!」
手下をどやしつけた後、首領はエルシーに向き直る。
「お嬢ちゃんには、なかなかの値打ちがあるようだな。公爵の娘だって?」
「どうして、そんなことまで――」
盗賊の残党がいくら研究所のまわりを嗅ぎ回ったとしても、勘当されて実家とは疎遠になっているエルシーの出自を調べる上げるのは難しい。
「あるお方に教えていただいたのさ。復讐の機会を窺っていた俺に声をかけて下さったんだ」
その人物が、自分の誘拐を唆したのだろうか。毛を逆立てたルーカスが、盗賊団の残党に向かってフーッと威嚇の姿勢をとった。
「人のものを奪って、あなたたちは恥ずかしくないの?」
「苦労知らずのお嬢ちゃんにはわからないだろうよ。俺たちの先祖は龍狩りだったんだ。おやじも、じいさんも龍を殺して商売してきた」
龍狩りとは、自分たちの狩った龍の鱗や臓器を売買して生活する狩人たちのことだ。
「必要ならば龍からだって奪い取る。それが俺たちのやり方だ」
エルシーは相手の良心に訴えかけることなど無理だと悟った。
「余計なことをしゃべり過ぎたようだ。ひともうけさせてもらってから、あの魔法を使う兄ちゃんに痛い目に遭ってもらうぜ」
エルシーの体に緊張が走った。まちがいなくイーサンのことを言っている。魔法で撃退され、仲間を捕らえられたことへの復讐だ。
「じきにおまえの身代金が届く。その後は……フハハハハっ」
盗賊の首領は足早に部屋を去っていき、再び扉が閉じられた。
――私の身代金?
研究所で騒ぎが大きくなっていやしないかとエルシーは心配した。
「イーサン……大丈夫よね?」
自分が予測できない、とんでもない事態に陥ってしまうのでは――エルシーは、そんな不安を拭いさることができなかった。




