16 とり残された魔法使い
魔法使いは、神妙な面持ちでショーウィンドウに飾られている魔法衣を眺めていた。
看板には『魔法の衣』と書かれ、金色で縁取りされた文字がひどく仰々しい。
勢いよく扉を開けて店から出てきた女性が魔法使いイーサンに駆け寄った。
「この店で作りましょうよ。今なら割引してくれるんですって!」
金髪色白でつぶらな瞳が印象的な女性だ。初めて彼女と対面した時は、どんな理由があって魔法研究所で働くのか不思議で仕方なかった。
疑問をぶつけたところ「ただ魔法が大好きなの。それだけよ。文句ある?」とけんか腰でにらまれた。
美人なのに豪快で、そのくせ細かなところに気が回る。多くの人から愛される女性だった。
「アンジェラ、安けりゃいいってもんじゃないんだよ。魔法衣が命綱になることもある。妥協はしたくないんだ」
「金欠の魔法使いが何を言ってるの! イーサン、あなたお金がないんでしょ?」
痛いところをつかれ、イーサンは反論できなかった。
魔法使いとして独り立ちして二年。腕はいいが口が災いして舞い込んだ依頼も白紙になることは珍しくはない。巷では不良魔法使いとまで噂されるようになっていた。
「それでも、ダメなものはダメなんだ。どうもピンとこない」
イーサンはショーウィンドウから視線を外して歩き出した。
「魔法衣を仕立てられるお店って少ないのよ! もぉ……勝手にしなさい!」
しびれを切らしたアンジェラは、イーサンに背を向けて彼とは別方向へ歩き出した。
「アンジェラ、おい! 待てよ!」
呼び止めたが、彼女はどんどん先を行く。追いかけても最初開いてしまった距離は縮まるどころか広がっていく一方だ。
「アンジェラ!」
視界の中で華奢な背中は小さくなっていくばかりで、イーサンの呼びかけに反応を示さない。
「アンジェラ、行くな!」
――行くな!
叫んだ瞬間に、目が覚めた。
「……っ」
イーサンが飛び起きたせいで、周囲で餌をついばんでいた鳩の群れが一斉に飛び去っていく。
「夢か……」
公園のベンチで休憩していたら、思いの外熟睡してしまったようだ。懐かしい店の名前を聞いて、昔のことを思い出してしまったらしい。
「なんて夢だよ」
イーサンは自分の顔を手で覆い、大きく息を吐いた。背中まで汗でぬれている。
魔法使いが眠り込んでいたのは、シャルーフ中央に位置するユイエルタ公園だ。そこには、神の足跡山脈で行われた龍退治の犠牲となった者たちをたたえ、慰霊碑が作られた。
興味本位で足を運んでみたが、イーサンはすぐに後悔した。
『龍に立ち向かった勇敢な戦士たち ここに眠る』
テオから聞いたとおり、慰霊碑には知り合いの魔法使いたちも名を連ねている。殲滅部隊に同行し援護してくれた騎士たちの名前も。
そして、イーサン・ブレイクの名前が刻まれていた。
――本当に死人扱いだな。
慰霊碑に名を刻まれている者は、英雄として手厚く葬られたのだろう――自分以外を除
いて。首尾よく自分の肉体に戻れた後、自分は生きていたと名乗り出なければならないのだろうか。
また一つため息がこぼれた。
ここに彼女の名前がないことが、せめてもの救いだと自分に言い聞かせる。
装備の管理――主に魔法具の手入れを担当していたアンジェラは、当然戦闘には加わらず安全な場所で待機していた。
「アンジェラ……そうだ、なぜ――」
イーサンのなかに一つの疑問が生まれた。
アンジェラは神の足跡山脈から生還し、病でこの世を去った。神殿での出来事を一部始終知っていた彼女が、なぜ自分を死者として葬ったのか。
テオに詳細を調べてもらおうとイーサンは研究所へ急いで戻ったが、新たな問題が彼を待ち受けていた。
魔法研究所の門扉そばには警備員の詰所があり、警備担当者から所長の執務室に急ぐよう促された。
「テオ、今日は休みだろ。帰ってくるなり呼び出すなんて穏やかじゃないぞ」
「イーサン……やっぱりエルシーとは一緒じゃなかったんだな」
一人で戻ってきたイーサンに、テオは落胆の色を浮かべた。
「なんだよ、やっぱりって――」
「さっき警備の詰所に届けられた」
そう言ってテオはイーサンにあるものを手渡した。
彼女が使っている丸眼鏡である。
「エルシーのか?」
街で別れたときには、彼女は確かに眼鏡をかけていた。
「その眼鏡に身代金を要求する手紙が添えられていたんだ」
「身代金?」
テオが持っていたそれと思しき紙をイーサンが奪い取る。
〈小娘と引き換えに金貨二千枚をベルフォルル地区の『魔の小瓶』に届けろ〉
「二千だと?」
いくら公爵家の娘でも、金貨二千枚は吹っかけ過ぎだ。
「手紙を届けに来たのは男一人。右のこめかみあたりに傷があったと証言している」
男の特徴を聞いてイーサンはすぐに盗賊の首領の顔を思い出した。一人上手く逃げおおせた男が、ずっと調査隊の後を追っていたことになる。
しかも、身代金を要求する脅迫状を直接届けにくるとは大胆もいいところだ。
――野郎、仕返しのつもりか!
「おとなしく尻尾巻いて逃げてりゃいいものを……っ」
脅迫状が、魔法使いの手の中でクシャッと音を立てて握り潰された。
テオは思わず肩をすくめる。
「俺にけんかを売るとはいい度胸だな」
不良魔法使いと呼ばれる男の本領が発揮されようとしていた。




