13 夢について
すべての業務が片付いた後に、エルシーはテオの執務室を訪ねた。
「エルシーか、どうぞ入って!」
エルシーは毎回驚かされる。ノックの音だけで、扉の向こうから自分であることを言い当てられるのだ。
扉を開けると、テオは執務机の書類と格闘中だった。
「どうして私だってわかるの?」
「歩き方と同じで、扉のたたき方にも特徴があるからさ」
他の職員が扉をたたいても聞き分けられるということか。そうだとしたら、魔法よりもすごい。
「一人でここまで来たのだから、何か話したいことがあるのかな? 遺跡で色んな目に遭ってるんだから何もないほうがおかしい」
――テオって鋭い。
テオは穏やかな笑みを浮かべて、書類の署名に使っていたペンを机に置いた。
「特にイーサンの相手をしてると、不満も溜まるからね」
本当に察しがいいとしか言いようがない。
世の父親が、テオの半分でも娘たちの気持ちに配慮してくれたら、面倒な問題は解決できるだろうに。
テオに勧められるまま、エルシーはソファーに腰かけて息をつく。彼はすぐに紅茶を淹れてくれた。
「不満というより……夢のことが気になって」
「夢とは、どんな?」
エルシーがテオに聞いてほしかったのは、森の中でイーサンという人物を探し回る夢についてである。龍や魔法使いの覚醒で、すっかり後回しになっていたが、どうしても話しておきたかったのだ。
「その夢はいつから見るようになったんだい?」
「遺跡に到着した夜から、ほぼ毎晩」
毎晩夢に見て、朝目覚めると疲労感が残ってしまう厄介な夢だった。なぜあんな夢を見たのか不思議で仕方ない。
まともに取り合ってもらえるかエルシーは不安だったが、テオは身を乗り出して話に集中している。
「今でもその夢を見る?」
テオの問いに、エルシーは頭を振る。
「神殿で龍とイーサンを見つけてからは、夢をぱったりと見なくなったの。何かの象徴かしら?」
イーサンがウィルの体に憑依してから、エルシーに心地よい睡眠時間が戻ってきた。
「夢なんて、取るに足らないことかもしれないけど――」
「そんなことはないさ。何かの予兆かもしれないし、自分の経験をつまらないなんて考えちゃいけないよ」
真剣に答えてくれるテオの心遣いが嬉しかった。
「夢は潜在的な意識の現れとも言われるからね。君が調査中に不安を感じていたのかもしれない……無意識に。それがイーサンという名前と重なったとも考えられる」
「それじゃ、あの魔法使いの名前と同じなのは偶然ってこと?」
「偶然、で片付けるには難しいかな」
テオも持論を展開するには無理があると悟ったらしい。だが、エルシーが調査隊に参加している間、不安を感じていたのは事実だ。ウィルの暴走がいつ始まるのかと神経質になっていた節がある。それが重圧だったのだろうか。
「でも、ぐっすり眠れるようになったと聞いて安心したよ。心配事があればいつでも話しに
来るといい」
エルシーは、テオと言葉を交わす時間が好きなのだ。答えを急がず、相手の意見を軽んじたりしない。受け止めて、一緒に考えてくれる。
誰かに胸の内を話すだけで、心が軽くなることはいくらでもある。
「ありがとう、テオ。あなたは心強い味方よ」
エルシーの言葉に、テオはなぜかあっけにとられていた。それからイーサンが不良魔法使いと言われるようになった経緯を少しだけ話してくれた。
「口は悪いが、心底悪い人間じゃない。君も時間をかければわかるはずだ」
「だといいんだけど」
ティーカップの底が見えたのを合図に、エルシーはソファーから立ち上がった。
「テオ、ありがとう。また何かあったら話しに来ていい?」
「何もなくても大歓迎だよ。今度の休みには、街で気分転換をしてくるといい」
彼の言葉に安心して、エルシーは部屋を後にした。
「夢か」
空になったカップを片付けながら、テオは一つの可能性に気づいた。
「同調なんてことが、あるのだろうか……?」
つぶやきは空気に溶け、彼はエルシーが出て行った扉をしばらくの間見つめていた。




