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不良魔法使いは更正中  作者: 灯野あかり
第一章 三十七年後の覚醒
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12 魔法院からの客人

 翌日。

 昼過ぎに、豪奢ごうしゃな四頭立ての馬車が魔法研究所の前に止まった。下りてきたのは魔法院の院長ベンジャミン・マッケンジーと、三人の部下だった。


「来たようだな」


 研究所の二階に設けられた談話室の窓から、イーサンが訪問者の様子をうかがっている。エルシーも隣にいたが気が気ではなかった。


「あなたの体、バレたりしないわよね?」

「でこ眼鏡がうまく隠してくれたからな。心配はないだろう」


 昨夜、テオに協力してもらいイーサンの体を、ウィルの研究室から物置として使われている地下室へ移動した。


「わざわざ地下室に入りたがるヤツはいない。それに……」

「それに?」


 おうむ返しのエルシーに、イーサンは表情を変えることなく答えた。


「ベンは暗いところが嫌いなんだ。夜は神殿や遺跡の偵察を避けていたからな」


 不安に思いつつも、エルシーはイーサンの隣りで魔法院からの来客を観察していた。


「ちょっとイーサ……」

「今日だけはその名前で呼ぶな」


 エルシーはハッと自分の口を押えた。

 ウィルに向かってイーサンの名前で呼びかければ不審に思われる。面識がある相手ならば、なおさら警戒するべきだ。

 緊張しているエルシーをよそに、イーサンは階下に降りてしまった。慌てて彼に追いついたときには、院長一行はテオに案内されて応接室に入っていくところだった。

 ふと、テオが視線を送ってきた。彼があきれるのも無理はない。職員の宿舎で大人しく待機するよう命じられていたのを無視したのだから。


「エルシー、お客さまにお茶を淹れてくれたまえ」


 お小言の代わりにお茶酌みを頼まれた。本来はテオの秘書が担う役目だが、その彼女も魔法院のお偉方が目を通す資料作りに追われて余裕がないようだ。

 研究所でお茶の支度をするのは日常茶飯事にちじょうさはんじなので、エルシーは手早く湯を沸かし来客分のお茶を用意して応接間に向かった。


 一言断りを入れて応接室へ入ると、すでにソファーに腰を下ろしていたマッケンジーたちの視線を一斉に浴びてしまい、エルシーはひどく恐縮した。

 魔法院の黒い制服を着た三人は、エルシーが入室しても挨拶をするわけでもなく、テオが配った書類に視線を戻した。


 くたびれた長い赤毛を後ろで束ねているのが院長のマッケンジーだとすぐにわかった。実家を出る前、めったに参加しない上流貴族の催事で彼の姿を見かけたことがある。そのときは愛想よく振る舞っていたが、今日の彼は対照的で冷たい印象しかない。張り出した額が神経質そうに見える。相手によって態度を変えているのかもしれない。


「ありがとう、エルシー」


 テーブルにお茶を配ると一人分余った。馬車を下りてきたのは四人。テオを含めて五人分のお茶を用意したはずなのに。お茶が冷めてはもったいない。


「あの、もう一人の方は?」

「入口近くの待機場所で待たせてある」


 マッケンジーはエルシーと目を合わせることもなくぶっきらぼうに答えた。


「一般の待合室ですか……?」


 魔法研究所に来客は、必ずしも職員との面会の許可を取った者とは限らない。研究材料を売り込みにくる商人も多いので、面会予約のない客は一般向けの待合室に案内されることになっていた。

 テオの許しを得て、エルシーは一人別に案内された客人にお茶を運ぶことにした。

 エルシーが急いで待合室へ向かうと、若い男性が一人行儀よく椅子にかけていた。赤いくせ毛に茶褐色の目。年のころはイーサンやウィルと同じくらいに見えた。


「お茶をお持ちしました。遅くなってすみません」


 最初から人が来るとは思っていなかったらしく、青年はエルシーに声をかけられて驚いていた。


「ああ、お気遣いなく。僕はおまけのようなものですから」

「おまけ、ですか?」


 妙な言い回しにエルシーが首をかしげると、青年は力なく笑った。


「僕はマッケンジーの愚息ぐそくです。記録係として父についているんですよ」


 自分を卑下ひげした物言いに、エルシーは小さく頭を振った。


「愚息なんて言葉は好きじゃありません。あなたにはあなたのお名前があるのでしょう?」


 青年は、少しためらってから「セドリックです」と答えた。


「セドリックさんは、ご自分のお仕事が嫌いなんですか?」

「いいえ、魔法の見聞を広げることができて楽しいですよ。僕は、父とちがって魔法は使えませんけどね」


 魔法院の頂点とまで言われる魔法使いの息子が、魔法が使えない。

 かなり肩身の狭い思いをしているのでは――エルシーでさえ容易に想像がついた。それでも、彼の話し方は丁寧で柔和な笑顔は好感が持てる。父親のマッケンジー氏よりも温かみのある人物だ。


「私はエルシーといいます。魔法は使えないけど、魔法が好きでここで働きはじめました」

「魔法使いじゃなくても、働けるんですか?」

「ええ。魔法を使える人は全体の三割くらいです」


 それから、二人は魔法まほう談義だんぎに花を咲かせた。

 シャルブルームを代表する歴代の魔法使いや、古代魔法文字の解読について語り合うことができた。

 話の途中ではあったが、応接室にいた魔法院の職員が声をかけてきた。どうやらテオたちの面談は終わったらしい。

 そんな時間だろうか……研究所以外で大好きな魔法について語り合える相手が少ないため、エルシーも時間が経つのを忘れて話し込んでしまった。


「ごめんなさい、私のおしゃべりに付き合わせてしまって……」

「とんでもない。とても楽しかった! こうやって誰かと魔法の話をしたのは初めてです。顔を突き合わせるのは父の仕事関係の人ばかりだから」


 セドリックには同世代の友だちがいないのかもしれない。研究所で働くまでエルシーが周囲から孤立こりつしていたように。


 ――気の毒だな、セドリックさん。


 エルシーは、マッケンジー一行が乗り込んだ馬車を見送りながら、そんなことを考えていた。


 ティーカップを片付けていると、イーサンが様子をうかがいにきた。


「マッケンジー院長は、イーサンの知っている人だったの?」

「ああ……遠くから見てもすぐにわかった。俺より年下のくせに、だいぶ老けてたな」


 はるか遠くを見つめるイーサンは、ひどく疲れているように見えた。同世代の者たちが、年を重ねている間、イーサンの体だけは老いとは無縁の環境にあった。


 ――自分だけが取り残されて、どんな気持ちだろう。


 エルシーは魔法使いにいくらか同情した。


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