11 秘密会議(2)
話し合いを終えたイーサンは、テオに誘われて彼の執務室兼研究室に赴いた。
「おまえの部屋……相変わらず汚いな」
所長だけあって提供される部屋は広々としてたが、そこは研究熱心なテオのことだ。机は資料の山と化し、片付けるべき書類がそこかしこに散乱している。部屋の主曰く、提出期限が近い日付ごとに分けてあるという。
「自分が所長なんて器じゃないのはわかってるが、研究を続けるためだからなんとかやってるよ。有能な秘書を雇えたことも幸運だった」
テオは机の引き出しに隠し持っていた酒瓶を取り出した。まとめて保管してあるのかグラスも一緒だ。グラスに注いだ琥珀色の液体をイーサンに勧める直前、テオはふと手を止めた。
「体のほうに影響はないかな?」
あくまで体はウィルのものだ。彼の体質によって何気ない飲食が体に変調をきたす可能性もある。
「今のところ、この体で飲み食いしても体調は崩してない」
テオからグラスを奪い取ると、イーサンは一気に飲み干した。
「明日マッケンジーがここに来る。退去命令の理由を説明すると聞いているが、本当のところは調査隊の人間に探りを入れるつもりじゃないかな」
「大いにあり得るな」
イーサンの知るマッケンジーは、二つ年下の年若い魔法使いだった。駆け出しと言ってもいい。その彼が魔法院の頂点に立っているとは……にわかに信じがたい。
「三十七年も経てば色々変わるよな」
自嘲するイーサンのグラスに、テオは酒をつぎ足した。
「イーサン。なぜアンジェラのことを聞かないんだ? 真っ先に彼女のことを確かめたいだろう」
相手から直球の質問を投げつけられるとは思っていなかったのか、イーサンはひどくむせ込んだ。
「知ってどうなる? 俺に会いに行けとでも?」
イーサンは、突っかかるようにテオをにらみつけた。実際のところテオの指摘は当たっている。神殿で覚醒して以来、彼女のことが気になっていた。
神殿で黄金龍と対峙したとき、死ぬ覚悟で戦った。彼女への想いも断ち切ったのだ。
だから、どう向き合っていいのかわからない。
「……会いに行けとは言わない。いや、会えないんだ」
魔法使いは、テオの言っている意味が理解できなかった。
「それは、どういう意味だ」
理由を尋ねながら、イーサンはテオの胸倉をつかんでいた。テオはそれでもイーサンから目を逸らさず、沈痛な面持ちで事実を告げた。
「アンジェラは亡くなった」
テオのシャツをつかんでいた手から力が抜けた。
「な……んで?」
自分でも驚くほど声が掠れている。
「龍退治の二年後に病気で亡くなっている。静かな最期だったよ」
――アンジェラが死んだ?
イーサンは頭の中が真っ白になった。自分が氷の中に閉じ込められていた間に、彼女は――。
だったら、なぜ自分はすべてを犠牲にして龍を封印したのか。龍の被害がない王国を夢に描いた。そこで幸せに暮らす彼女の姿を望んでいた。
それなのに。
「つらいことを言って申し訳ない。眠っていた君を起こしたのがエルシーだったのは皮肉だな」
「あいつもハミルトンと言ったな。アンジェラと何か関係があるのか?」
アンジェラ・ハミルトン。
かつて愛した女性の名前だ。エルシーの名前を聞いたときにまさかとは思ったが、娘だとすると年齢が合わないのだ。
「あの子は……エルシーは、アンジェラの姪だよ」
アンジェラに兄弟がいただろうか。当時の記憶をさかのぼるが、関心がなかったせいか思い出せない。
「彼女には年の離れた弟がいたんだ。ナイジェルといって今のハミルトン公爵だ」
「伯母の遺志を継いで魔法研究所で働いてるのか?」
テオは眉をひそめて頭を振った。
「面接の時に話したんだが、エルシーはアンジェラのことを知らないようだ。アンジェラは勘当されていたから、あの子は伯母がいたことさえ知らないんだよ」
ようやく、自分の知っている過去と結びついた。
アンジェラは公爵家の娘だった。両親の反対を押し切って神の足跡山脈に同行したのだ。それ以前から魔法研究所での仕事を辞めるように言われていたらしい。
アンジェラの父親とは一度だけ面識があった。娘の結婚相手に自分たちと同等か、それ以上の家柄の出を望んでいた彼女の父親は、イーサンが魔法使いであることが気に入らなかった。話にならないと蔑んだ目でにらまれたのを記憶している。
「エルシーの性格は伯母譲りらしいよ。あの子も家を飛び出してここで働くことを選んだんだ」
――たしかに威勢はいいな。
自分にたんかを切ったエルシーの姿を思い出す。見た目の印象に反して、気が強いところは似ているのかもしれない。
「とにかく、明日はマッケンジーに気取られないよう気をつけてくれ」
「おまえこそ大丈夫か? 昔は俺の誘導尋問によく引っかかってただろ?」
半信半疑のイーサンに対して、テオは笑みを浮かべた。
「だてに年をとっちゃいないさ。中年同士の駆け引きはこちらに任せてくれ」
「……健闘を祈る」
胸を張ったテオに向かって、イーサンは二杯目のグラスを掲げたのだった。




