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第六話「教育」




「ここに、こうやって……こうか」


「レゥレゥ」


 促されるままにレンガを置き、顔を見合わせる。目と口だけの単純な顔に笑顔が浮かび上がった。単純な作りではあるが、それゆえに表情が豊かで可愛らしい。


 レンガの置き方の規則性に気づいた俺は、意外にもすんなりと彼らの流れ作業に加わることが出来た。


「(いや、これはむしろ……)」

 

 俺が加わったんじゃない。彼らが、俺を彼らの仲間に混ぜてくれているのだ。


 レンガ造りの作業をしていた三人、中でもハニワの少女はレンガの作り方やその置き方を俺に見せつけるようにやってみせては、何らかの反応を期待するような目で俺を見る。そのうち俺は、彼らが「やり方」を教えてくれているのだということに気づいた。


 宝石の女性や、炎の少女のような特別な力のない俺は、それこそレンガを捏ねたり並べたりする作業しか出来ない。そして今、それらの作業を担当しているのはハニワの少女。彼女だ。


 ひょっとして、そういうことなのだろうか。


「(教えて、くれているのか?仕事のやり方を?)」

 

 もしそうなら、俺は今この世界における「教育」というものをこの身で体験しているということになる。


「えっと、これは」


「ン。ハゥエルーズ、トゥラス。レゥ」


 手渡された窓枠らしきもの。どうすればいいか分からずに困っていると、彼女はすぐに「ここに置くんだよ」というふうに俺の手を導いてくれる。


 どうやら、窓枠は壁の中心に置くのがここでのルール。よく見てみれば、空き地の横に並ぶ家屋も殆ど同じ形をしている。これが、この街における建築様式というわけだ。


「レゥミ。ンフーフ」


 やはりそうだ。教えてくれている。


 鳥の母が飛び方を教えるように、猛獣の母が狩りの仕方を教えるように。何も知らない俺に、この世界の「仕事」というものを教えてくれているのだ。


「れぅたるぅ」


「ん」


 ふと、アトラが俺を覗き込む。俺が顔を上げると、いくつかの木片がポロポロと俺の側に落とされた。


「えっと……」


 ものさし程度の長い木片や、木の棒。それらを手にとってもう一度顔を上げると、アトラはふんすと息を吐いて、コクコクと頷く。これは、ちょっとよくわからないな。何をしろと言われているんだ?


 いくつかの木片。何かを期待するような眼。この木片で何かをしろということなのだろうが……


「みゅーすと。えるん」


 アトラは近くにあった丸太を掴んで地面に突き刺し、ぽんぽんと叩いてみせる。その仕草を見た俺は、ハッとして気づく。ひょっとして、アトラも教えてくれているのか?ハニワの少女が俺に教えてくれているように、仕事を俺に教えようとしているんじゃないか?


 でも、流石にアトラと同じ仕事は出来ないぞ。俺は。


「――……」


「えっ」


 その音(声?)にハッとして振り返ると、今度は宝石の女性が俺の側に来て、きらきら輝く眼でじっと俺を見下ろしている。こうして見ると、彼女の背の高さがよく分かる。俺より頭二つほど大きい。身長は二メートルくらいはありそうだ。


「――……」


「……?」


 何か声らしきものを発しているのは分かる。分かるが、他のモンスターたちとはまた違う言葉だ。言葉というか……言葉なのか?これは。


 他のモンスターたちは彼女とも意思疎通が出来ているようだったが、俺はそうもいかない。どちらにせよ俺は他のモンスターたちとも言葉による意思疎通は出来ていないが、彼女との意思疎通は特に難しそうだ。


「!?」


 ふと、宝石の女性が手を伸ばし、掴んだ俺の手をその胸の谷間にいざなう。一瞬どきりとしてしまうが、その肌はひやりと冷たくて、硬い。やがて俺の手は、その胸の裂け目から溢れる血のような液体に包まれた。


「(あ、熱い……)」


 とろりとしたそれが、指に絡む。その感触は、温めたのりというか、泥というか。そのまま俺の手は、ハニワの少女が持つレンガの側面へと添えられる。それはまるで、ここに塗りつけろというかのような。


「(ひょっとして、これも……?)」


 やはりそうだ。間違いない。皆が、それぞれの仕事のやり方を教えようとしてくれている。


 これは一体どういうことだ?考えてみれば、俺がここに連れてこられた理由もよく分からぬままここに居たが、この首飾りを受け取ってから皆の様子が少し変わった。それぞれが「先輩」となって俺に仕事を教えようという姿勢が見て取れる。


 これはつまり、そういうことなのか?


「(この首飾り……これはひょっとして、住民の証……とか?)」


 そんな気がする。これを受け取ったことで、俺はこの街の住民として受け入れてもらえたんじゃないか?だとすれば、俺は「新入り」だ。新入りに仕事を教えるのは、先輩の役目。これはつまり、そういうことなんじゃないだろうか。


この世界では、モンスターたちがそれぞれ得意なことを仕事としているように思える。


 そんな中、俺のような特別な力のない存在は、どんな仕事をすればよいのか。特別な力がないというのはつまり、やり方さえ教われば様々な仕事に手を出せるということでもある。彼女たちは、そんな俺に「教育」を施そうとしてくれているんだ。


「レゥミ!」


 ずずいと差し出されるレンガ。俺がそれを受け取ろうとすると、宝石の女性が再び俺の手を掴んで胸の裂け目に添える。まるで、「あなたの仕事はこっち」とでも言うかのように。


「……」


「……」


 交わる二人の視線。ハニワの少女は分かりやすく無表情を浮かべ、俺の空いている左手にレンガを握らせようとするが、宝石の女性は俺の左手もさっと掴んで自らの胸にいざなう。俺は両手を熱い粘液に包まれながら、二人の顔を交互に見やる。


「りゅーみ」


 そんな二人の間に割り込むようにして、上から覗き込むアトラ。二人の視線が上に向き、俺の手がぱっと離される。


「フォーレ……エンフォ~……」


 近くで静観していた炎の少女がふよふよと歩み寄ってきて、真っ赤な液体に塗れた俺の手にふうと冷たい息を吹く。俺の手にべったりと絡みついた熱い粘液はたちまちに白く冷え固まり、俺の手から剥がれて落ちた。


「あ、ありがとう。じゃなくて、えっと」


 感謝はなんて言えばいいんだろう。コミュニケーションを取る上で感謝の言葉は必要不可欠。なるべくなら早めに覚えておきたいところだが……いかんせんまだ聞き取りが足りてない。リスニングの授業を思い出せ。もっと、彼らの会話に耳を傾けるんだ。


「れぅたるぅ」


「ん?」


 顔を上げると、アトラがまた木片をいくつか拾って俺の側に並べる。俺をじっと見下ろすその大きな眼は、やはり何かを期待するようにきらきらと輝いている。これは恐らく「一緒にやろう」ということなのだろう。木材で家の骨組みを作る作業を。しかしそれは、アトラの巨体と怪力があってこそだ。


 俺のような人間が同じことをするには、それこそ重機でもないと。そう考えると、昔の人はすごいな。人間の力だけで家を作っていたんだから。


「レゥ、ミートゥ」


 ふと、いつの間にかどこかに行っていたキャシーが家の屋根からアトラの肩に飛び乗り、それから俺の隣へと降りてくる。その手には、真っ白で綺麗な糸束が握られていた。


「フフフ。エントリィ、フロー。ミスフォ?ウフ?」


 キャシーは絹糸のようなそれを頬に添えてニコニコ微笑み、何度か首を傾げてみせる。相変わらずなんて言っているのかはよくわからないが、察しはつく。恐らくは皆と同じだ。あの糸束、あれはキャシーの仕事に使うものなのだろう。彼女の指から出る糸を束ねたものだろうか。

 

 それをわざわざ持ってきてくれたということは、「この仕事を一緒にやってみない?」と。そういうことなのかもしれない。


「きゃしー」


「ウフ」


 アトラはむっとして頬を膨らませるが、キャシーはいたずらっぽく笑って俺の腕を抱く。糸束はなぜか俺の鞄に詰め込まれた。


「え、えっと……」


「リュータロー、エントゥイルルージ?キャシー、エルフィム?」


「むう……」


「ラー。エントゥフィム。フフ~フ」


 アトラを含め、ハニワの少女や宝石の女性らは何やら物申したげな表情を浮かべて俺を見るが、キャシーはそんなことお構いなしに、俺の手を引いて歩き始める。どうやら今度は、キャシーが俺をどこかに連れて行ってくれるらしい。


 何が何やらよくわからないが、ここはひとまず、流れに身を任せるしかなさそうだ。

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