リデル家殺人事件 第3章9節
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一部残酷な表現があります。ご注意ください。
悲鳴のしたダイニングへ向かうと、エミリアが痙攣を起こして、倒れていた。近くにはネージュが腰を抜かしていた。
「オリビア、救急車を」
「はい!」
リアムはエミリアの脈を確かめる。
頻脈が出ているが、まだ生きている。
呼吸を確かめようと口に耳を近づけた時、アーモンドの香りが漂った。
リアムは慌てて、エミリアの口に指を突っ込む。ネージュはリアムの行動にぎょっとした。エミリアは胃の内容物を吐き出す。
咳き込むエミリア。
ネージュは現実を見たくないと蹲ってしまった。
オリビアは台所から水を持ってくる。匂いを確認してから、誤嚥にならないように、ゆっくりとエミリアに水を飲ませる。
「母さん…いつもの薬を飲んだら、急に様子がおかしくなって…何が起こっているの?」
エミリアのそばにはピルケースがあった。
梱包から外され、朝昼晩と飲む薬が分けてあった。
(カプセルのものが多いな…そこに仕込んだのか)
暫くして救急隊が来て、エミリアを病院に運んだ。ネージュはエミリアに同行し、辺りは静寂に包まれた。しかし、リアムは扉付近に人の気配があるのを感じ取っていた。
「そこにいるんだろう?出てきたまえ」
オリビアを背後に隠し、リアムはそう告げる。扉付近にいた影はゆっくりと動き、姿を現した。
「君がこの一連の事件の犯人だな、シリル・リデル」
リアムが険しい表情で告げるとシリルは微笑む。
「流石、名探偵さん、ご名答。あとちょっとで父さんと姉さんにも仕込めたのにな」
残念そうに呟くシリル。口元は笑っているが、彼の目は笑っていなかった。
「兄さん、鼻が馬鹿になってるからさ、口にまでは含めると踏んでたんだよね。それで口内に激痛が広がって殆どを吐き出すでしょう?でも僕が入れたのは致死量の倍以上の量。数滴でも体内に入れれば、猛毒だ」
苦しんでいる無様な姿はとても滑稽だったよ、とシリルは唄うように、つらつらと自分の犯行を自供する。
「母さんは精神を病んでいるせいで大量に薬を飲むからね。カプセルの中身を変えても気づかないんだ。でもあの感じは助かっちゃうかなぁ」
シリルはダイニングテーブルにあった水差しから水を汲む。
「僕のこだわりは兄さんが使ったウォーターサーバーも母さんが使ったカプセルの薬もリデル・コーポレーションの物だってこと。いくら僕が後から仕込んだとはいえ、この事件が公になったらリデル・コーポレーションの風評被害は免れないだろうね。残念だったね、父さん!」
シリルは言葉尻を上げる。そして、扉から真っ青な顔をしたアルノーが姿を現した。
「おまえが…やったのか、シリル」
「そうだよ?僕はリデル家もリデル・コーポレーションも大っ嫌いだったからね」
「何故だ…!何が不満だったんだ」
アルノーの悲痛な叫びにシリルは冷ややかな目でアルノーを一瞥した。
「何が嫌って全てだよ。家族ごっこしてるとことか」
シリルはグラスを掲げ、水面を眺めた。
その表情はどこか寂しそうだった。
「あの頃に戻りたかった…まだ本当の母さんがいた頃。その時は本当に僕の世界は完璧だったんだ。父さんも姉さんも好きだった。こんな世界にもう僕は用がない。全てを壊したかったんだ」
オリビアはシリルの言葉に身を強張らせた。
シリルは美しい所作で水を飲む。
まさか、とリアムはシリルを止めに入ろうとする。シリルは途端苦しそうな形相をして、大量の血を吐いた。
すぐにシリルの動きが止まる。リアムが脈や心臓を確認すると、既に死んでいた。
オリビアは咄嗟に水差しを確認する。
今回の事件で何度も嗅いだ匂いが、その水差しからは感じられた。
アルノーは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




